第3話 スタイン牧師

 メアリは昔からどうしても教会での説教が好きになれなかった。もともと楽しいことが大好きで、難しいことは苦手な性格から今までどんなに話が上手だと言われてきた牧師でもメアリの心を動かすことはできなかった。もちろんメアリを含め、家族は敬虔なクリスチャンだが、だからといってどんな説教にも聞き惚れるというわけにはいかなかった。


この村の牧師であるスタイン氏もその例にもれなかった。


年齢は50歳を過ぎており自身の職責をまっとうせんと意欲をみなぎらせていた若かりし時代はとおに過ぎ、今はただ川の流れで削ぎ落された丸石のように誰の心にもかからぬ説教を続けるのだった。

そしてまたその話し方も非常に単調で貧弱なのだった。


だがこの教区は流れ者が辿り着く場所として有名と言えたし、また規模もさほど大きくないので、そんな立派な牧師が来ることはまずなかった。大抵は新任牧師か出世が望めない老牧師がやって来るのだった。


ドルイドの話によると、このスタイン牧師は最近この教区に赴任してきたらしい。

目新しいことのない村の人々も最初はこの新しい牧師に興味を示したがそれも数日のことで1度説教を聞くと、彼が特にこれといった特徴もなく、実直で凡庸な人柄であることが知られ、村の日常に瞬時に溶け込んでいった。


また彼には妻もいないので目新しい話題として引き延ばすことはできなかった。

もちろん失礼があってはいけないので、大人たちは彼の単調で額面通りの説教に疑問を呈したりすることはなかったが、子どもたちはそうはいかなかった。


日曜学校を終えた子供たちは、自分たちの家族を見つけるとそれぞれ席につく。説教が始まり、しばらくは落ち着いて聞いていたが、辛抱が切れるとそわそわし始めるか、または心ここにあらずと言ったように遠くを見ているのだった。


メアリも大人側なので絶対に居眠りなどするまいとして、この説教を熱心に聞いているというように振舞ったが、内心では子どもたちに大いに同調していた。





礼拝が終わると、村人たちは教会の外へ出ていく。メアリはあらためてこの村にこんなに人がいたのかと驚いた。そして少なからず村人の目はメアリに向けられていた。メアリは目が合った人には優雅に微笑んで会釈した。そういった作法に疎い村人たちは、奥様方はぎこちなく笑みを返したり、慇懃に会釈を返したりした男性陣は天使に微笑まれたのだとばかりに、有頂天になる者もいたようだった。


メアリは新しい牧師よりも注目を得ているようだった。


子どもたちも例にもれず、この新しい隣人に興味津々で幾人か傍によって挨拶をしに近づいて来たくらいだ。

小さな女の子が「あなたはお姫様なの?お母さんに聞いたお話に出て来るお姫様にそっくりだもの」とかわいらしく尋ねてくるので

「私がお姫様なら、あなたも将来お姫様になれるわね。お近づきに慣れて光栄だわ。」と言葉を返すと、普段子ども扱いばかりされている自分がレディーに対等に挨拶を返され顔を真っ赤にした。

そして嬉しさではち切れんばかりの笑顔と満足感で親の元へ戻っていった。

それを見ていた男の子たちも後れを取るまいと集まって来た。


「ドリーさんのお姉さんなら大歓迎だよ!お母さんたちが何と言おうと俺たちは味方だからね!どうしてもって言うなら、いつでも俺たちの仲間にいれてあげるよ!」と照れ臭そうに言って去って行った。


ドルイドはその様子を少し離れて見ていた。この小さな嵐には関わるまいとしたのだろう。メアリはドルイドに追いつくと、このまま帰っては退屈だと言って無理矢理ドルイドを誘い、少し森を散歩することにした。待っていてくれたことも驚いたが、強引だが誘うとちゃんとついて来てくれることにも驚いた。


メアリはどうしてもすぐに屋敷に戻るのが嫌だったのだ。外はとても寒かったが、お出かけすることが久しぶりでこのまま帰るのはもったいないと思ったのだ。


冬の匂いと森の少し湿った葉の匂いがメアリを安心させる。メアリは子どもたちの言葉を思い出しながら、頭に浮かんだことを口にした。


「子どもたちはあなたが好きなようね。」

「物珍しいだけよ。」


さも関心が無さそうに答える。

メアリはドルイドと村人たちとの関係が気になったが、子どもたちの言葉から考えると大人たちとはあまり良好とは言えないようだ。だがフィリック夫人のこともあるし理解者はいるのだと思い、心を落ち着けた。


メアリは話題を変えた。


「ねぇ以前の牧師はどのような方だったのかしら?」


もしかすればメアリが好きになれたかもしれない牧師のことを考えた。


「グレグソン牧師は2月にお亡くなりになったのよ。とても立派な方で村中から好かれていたわ。ユーモアがあったみたいだから、子どもたちにも人気があったようだけれど。」


メアリは予想していなかった答えに驚いた。


「まぁそれは御気の毒に。ご病気かしら?」


ドルイドは首を横に振った。


「それはわからないわ。本当に突然のことだったから。使用人が朝、寝室で彼が亡くなっていることに気づいたのよ。レイモンドが駆けつけて確認したけれど、原因はわかっていないの。おそらく心臓の発作による突然死じゃないかと言っていたわ。」

「子どもたちはショックだったでしょうね。」


ドルイドは何も言わなかった。


「グレグソン牧師には奥様はおられたのかしら。」


メアリはめげずに会話を続ける。


「いいえ。彼は独身だったわ。」

「こう表現するのが正しいのかわからいけれど、それを聞いて少し安心したわ。妻にとったらそれだけ素敵な人を失って1人で生きていけるなんて気がしないもの。それに牧師館は夫が亡くなれば出て行かなければならないものね。」


牧師館はその教区の牧師が住むための屋敷だ。次の牧師が決まれば明け渡さなければならない。メアリはここであることに思い至った。


「以前の主人が亡くなった屋敷に1人で住むってどんな気持ちなのかしらね。」


メアリはまた失言を口にしてしまったと、慌てたがドルイドはこのことについて何も言わなかった。


しばらく森を散策してから、ドルイドが今日は午後に客がある、というので屋敷に戻ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る