第8話 フィリップ・グリント
ドルイドは説明できない怒りの力を霊に向けた。
「その体から出て行きなさい。」
かすかに動く唇で訴えるとメアリの顔が少し青ざめる。
「脅さなくても用が済めば出ていく。
こうしないとまともに会話ができないんだ。」
ドルイドはうねるような魔力をおさめ、何とか冷静になろうとした。
「私と会話するのに肉の身体は必要ないわ。」
「こうしなければ聞かれてしまう。」
メアリの顔で青年は悲壮な声を出す。
「誰に聞かれてしまうと言うの?」
ドルイドは語気も強く尋ねた。
「言えない。」
苦し気に呟く彼の言葉を聞き、ドルイドは目をつぶり本来の目的を思い出そうとした。
「マイラ・モーリスの魂を持っているわね。
それを返してもらうわ。」
「嫌だと言ったら…?」
フィリップの虚勢を張った声音には何か切実な思いが伝わってくる。
ここでやっとドルイドは冷静さを取り戻した。
「理由を説明してちょうだい。」
「理由は言えない。
あちらで知ったあらゆることを僕はこちらに伝えることができない。」
「ではマイラを殺すのね。」
フィリップの借りたメアリの顔が再び苦し気に歪む。
「その方が幸せなこともある。」
まるで自分を納得させるような響きだ。
「私にどうして欲しいの?」
フィリップは押し黙り、そして慎重に答えた。
「…彼女を救って欲しい。」
ドルイドは呆れたように首を振って告げた。
「おかしなことを言うのね…。
彼女の喉元に剣を突きつけてるのはあなたなのに。」
この言葉に彼は苛立ちを滲ませる。
「君と言葉遊びをしている時間はない。
間違いなく彼女は死に向かっている。
それは僕が彼女の魂を返そうと返すまいにかかわらずだ。」
「だけれどあなたが彼女の魂を返さなければ、確実に彼女は死んでしまうのよ。」
この言葉に、フィリップは怒りを爆発させた。
「僕が彼女を殺すとでも言うのか!!」
ドルイドは思わず己の身を守った。霊の精神状態に反応してメアリの魔力が暴走し始めたからだ。彼はそれに気づいていないのだろう。ただ怒りのままに叫んでいた。
「なぜわからないんだ!
こちらでは何もかもがあきらかなのに!
お前たちの目は何も捉えていない!!」
ドルイドは彼の怒りの力に流されまいとして冷静に言葉をかける。
「落ち着いて。
あなたがマイラを救いたい気持ちはわかったわ。
私も同じ気持ちなのよ。
だけどそのためにはまず彼女の魂を解放してもらわないと困るわ。
彼女の体は確実に衰弱している。
もって2週間よ。
それでもあなたは魂を返さないつもり?」
ドルイドはフィリップに話しかけながら、彼に悟られないようにゆっくりと自分の魔力を押し広げていく。ドルイドの魔力でメアリの魔力を覆うのだ。
だが彼女の魔力に触れたところで、彼が少しずつ冷静になっていることに気づいた。
押し黙るフィリップにドルイドは再度問う。
「質問に答えて。」
メアリは虚ろな視線をドルイドに向けた。もう彼からは怒りの気は感じられない。
「2週間も持つと思うのか?
君は魔女だろう。タイムリミットは1週間だ。
それまでに真実がわからなければ彼女は死ぬことになる。」
ドルイドは息を呑んだ。メアリは自身の両の手を見つめた。
「これが限界だ。
そろそろ体を出ないと…。」
そう言って、メアリの顔に憐れみの色が浮かぶ。
「この身体の持ち主も苦労することだろう。
魂の格が低いから、すぐに憑依されてしまう。
どうして墓地なんかに連れて来たんだい?」
だが次の瞬間には、メアリの表情は真剣なものへと変わっていた。
「いいか、真実だ。
全ては、蛇の尻尾を自ら食う輪のように繋がっている。
それこそが僕たちの誓いだった。」
その言葉を最後にメアリの首ががくりと垂れた。
ドルイドは急いで姉に近づき、屈んで息をしていることを確かめる。
異常がないことがわかると、ほっと息を吐いて立ち上がった。
空を見上げると夜はもうそこまで迫っていた。
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