第13話 呪われた屋敷
レイモンドがメアリに頼んだことは以下のようなものだった。
メアリが挨拶回りと称して近所の村人たちに接触し、明日にはスタイン牧師が牧師館へ移るという噂を流すというものだ。メアリはこちらに越してきたばかりなので、近所を訪ねまわるのは不自然ではないないだろう。その大変さがわかっていなかったメアリは二つ返事で快く引き受けた。しかしそれが何の役に立つのかはわかっていなかった。
「犯人をおびき寄せるためね…。」
メアリの疑問に答えるようにドルイドが口を開く。レイモンドが口角をあげて笑んだ。ドルイドは言葉を続ける。
「スタイン牧師への嫌がらせが目的ならば、また必ず行動を起こすでしょうね。」
「そうだ。だが噂を流す前に、この計画についてスタイン牧師に伝えて置く必要がある。本人に噂を否定されては困るからね。」
「私がスタイン牧師に手紙を書きましょう。」
レイモンドは鷹揚に頷くと、もう一つ提案を付け加えた。
「その手紙は私が持っていこう。」
ドルイドは驚いた様子で彼を見返したが、すぐに訝しんだ表情になる。
「どうしてあなたが持っていくの。」
「私ならば早く手紙を届けられる。そしてスタイン牧師と教会以外で会う機会が得られる。」
レイモンドは教会には近づかない。しかし彼はクリスチャンだった。
(これを聞いてメアリは驚きで言葉も出なかった。吸血鬼がクリスチャン!)
村の一員として、彼はスタイン牧師と繋がりをつくる機会を求めていたのだ。
だがそれを聞いてもドルイドはこの提案に難色を示した。そうして2人の間で少しの押し問答があった後、結局は彼の言う通りになった。
ドルイドがしたためた手紙はすぐに彼の手でスタイン牧師の元へ届けられた。メアリはどうしてドルイドがこの提案に抵抗したのかわからなかったが、レイモンドが屋敷に戻ってきたところで、その理由が明らかになった。
彼は返事を持ち帰ってきていた。と言っても返信の手紙を携えてきたわけではない。伝言を預かって来たという。
ドルイドはこの事実にあきれて言葉も出ないようだった。メアリも驚いた。
それはつまりスタイン牧師が、秘密裏に勧めて来たドルイドへの依頼をレイモンドに話してしまったということだ。
「誤解の無いように言っておくと、君がばらしたということにはなっていないよ。私から彼にしゃべらせたんだ。」
そう言ってレイモンドは謎めいた笑みを浮かべる。メアリは意味がわからずドルイドに向き直ると、ドルイドはうんざりしたように、幻惑させたのよ、と教えてくれた。確かにそれは吸血鬼の得意分野だろう。
「だからあなたに手紙を託したくなかったのよ。それで返事と言うのは何なの?」
レイモンドはにやりと笑って得意気に報告する。
「彼も牧師館へ同行すると言って来たよ。」
メアリは驚きの声を上げたが、ドルイドは予想がついていたらしく何の反応も示さなかった。
「私は賛成しておいた。こういったことは当事者同士で解決してもらうのが一番だからね。」
悪びれる様子もなく告げるレイモンドだったが、彼の意見にはメアリも賛成だった。スタイン牧師もそんな決断ができたとは、なかなか胆力のある人間だと感心していたが、しかし今思えば、その言葉を引き出すために何かしらレイモンドが口添えしたに違いなかった。だがこれでドルイドが村人かもしれない犯人たちと対峙しなくて済むわけなのだから、レイモンドの計略には舌を巻く。
「これでドルイドが直接犯人に手を下す必要が無くなったわけね。」
メアリが安心して呟くと、レイモンドは小さく微笑んだ。
「確かに直接は手を下す必要は無くなりましたが、まだ我々にはすべきことがあります。あそこにおびき寄せるのは、何も犯人を特定するためだけではありません。」
メアリが小首を傾げると、レイモンドが口角を上げて笑みを深くした。
「同じ恐怖を味わってもらいましょう。二度とこのようなことができないように。」
結論から言えば、この計画は成功した。レイモンドの発案により、犯人たちは人生で体験したこともない恐怖を味わうことになったのだ。
魔女の力と吸血鬼の身体能力に勝るものはなく、彼らは屋敷内で徐々に追い詰められていった。
書斎に逃げ込んだ時には彼らは失神寸前で、ろくに口もきくことができなかった。メアリはその様子をずっと書棚の影から見ていて、全てがレイモンドの言う通りになっていくことに驚いた。
すすり泣く犯人に近づく影がありメアリが目を凝らすと、それがスタイン牧師であることがわかった。彼は犯人を前に呆然と立ち尽くした。
今当事者同士が対峙したのである。それは正にレイモンドが計画した光景であった。
「君たちだったのか…」
スタイン牧師の悲し気な声が部屋に響く。傍に立つ人間が誰かを知ると犯人たちは驚きで涙と叫びを引っ込めた。そして観念したように話し出した。
「だって…ここは僕たちと、グレン牧師の…大切なお城だったんだ…」
少年の1人が涙と鼻水を拭きながら、懸命に答えた。確かメアリの記憶ではアントンと呼ばれていた少年だ。
「ここをとられるのはいやだ…!グレン牧師に会いたい!!」
そう言ってアントンが激しく泣くと、他の男の子たちもまた吊られて泣き出した。
スタイン牧師はその様子を見てしばらく何も言えないでいたが、絞り出すように呟いた。
「君たちはグレグソン氏を
メアリは少年たちを見て名前を思い出していた。アントン、コーディ、ジミー、ニックス。ピーターはいない。幼過ぎてていれてもらえなかったのかもしれない。彼らは一層大声で泣いた。だが1人だけ涙を
「もう代わりの牧師様なんか来なくてよかったのに!」
そう叫んだのはウォルトだった。メアリは思わず口元を両手で覆う。彼の言葉にたまらず飛び出そうになったがそれに先んずるものが現れた。突然現れた存在に彼らは身をすくませた。そしてをそれが誰かを知るとウォルトが苦し気に彼女を呼んだ。
「…ドリー…」
メアリは頭を抱える。これでは今までの計画が全て台無しである。これでドルイドはこの件に関わっていないとは言えなくなった。しかしメアリの杞憂をよそにドルイドは淡々と少年たちに向き直り、冷たい言葉を言い放った。
「あなたはもっと賢くて強い人間だと思っていたわ、ウォルト。」
予想だにしない言葉にウォルトは押し黙る。
「あなたたちが、しでかしたことがいったいどれだけ大変なことかわかっているの?」
少年たちはドルイドの鋭利な瞳に
「うるさい!ドリーにはわからないんだ!ここはグレンの家なんだ!!俺たちは悪くない!」
「悪いわ。ここはもうグレグソン氏の家ではないの。彼はもうここにはいないんだから。」
メアリは、あ、と思わず声をあげた。ウォルトが何事かを叫んで勢いよくドルイドを突き飛ばしたのだ。しかしドルイドは倒れなかった。いつのまにか現れたレイモンドが彼女を後ろから支えたのだ。
「なんとも紳士的だね。」
その優しい声音にそぐわない眼光が少年たちを見据える。音もなく現れた存在に彼らはまた鋭い悲鳴をあげた。メアリはもう隠れている意味は無いと悟り、書棚の影から出て行く。
「彼らのしたことは全く褒められたことでは無いけれど、それでも少し脅かし過ぎではなくて、お二人さん。」
メアリは子どもたちの傍に立った。だがドルイドはひるまない。
「子どもでも許されないわ。彼らは命の尊厳を軽んじている。自分たちが大事にしているものを汚していることに気づいていないのよ。」
ドルイドは射抜くような視線でウォルトと向き直る。
「ウォルト、あなたたちは自分たちが子どもという理由で、自分たちの罪から逃げるような卑怯者ではないわね。」
「ひきょ…?」
「ずるい人間ということよ。」
ウォルトは歯を食いしばった。そして絞り出すように、違う、と答えた。
「あなたたちは、あなたたちに何も悪いことをしていない人間を怖がらせて、不安にさせていたのよ。あなたたちが森で楽しく遊んでいる時ですら、この方は不安な日々を過ごしていた。スタイン牧師は何か悪いことでもしたかしら。」
ウォルトや他の子たちは首を横に振った。
「そうね。スタイン牧師は何もしていないわ。だけどあなたたちはスタイン牧師に何をしたの。」
ウォルトは押し黙った。他の子たちはそわそわとしていたが、ウォルトにちらりと視線を送るだけであった。ドルイドはウォルトから目を反らさず、彼が口を開くのをひたすら待っていた。メアリはもうしゃべらないんじゃないかと思いかけたころ、ようやくウォルトは口を開いた。
「…おどかした…。幽霊のふりをして…」
「それはどうして?」
「ここを出て行ってもらうために…」
「あなたが自分の家を住めないようにされたらどう思うの。」
「…いやだ…し、悲しい…。」
「それをあなたは彼にしたのよ。」
ウォルトは、はっと顔を上げ、つと涙をこぼした。
「あなたたちの辛い気持ちはわかるわ。私は知っているわ。グレグソン氏とあなたたちがどれだけ仲がよかったか。ここに来てたくさんの本を読んでいたことも。
いっしょに勉強していたことも。いっしょにお菓子をつくっていたのも。全部知ってる。」
ウォルトは静かに
「あなたたちが守りたかったものは理解できるわ。だけどやり方が間違っている。グレンはこんなことをして欲しいってあなたたちにお願いするかしら。」
ウォルトは静かに首を横に振った。
「ではどうするの。」
「……あやまる…。」
そう言ってウォルトはスタイン牧師にふらふらと向き直った。だがここまで来てもウォルトの口はすぐには開かなかった。大人たちはそれを見守る。
「…ごめん…なさい。」
ここで少年たち全員が声ならぬ声で謝り、スタイン牧師はその謝罪を受け入れたのだった。
「私がお堅い人間なのはわかっていますよ。だけどこれから馴染む努力をしましょう。この部屋はまた村に開放しようと思っていますし、また以前のようにここに遊びに来てくれるとうれしいですね。」
ウォルトたちはその言葉にまた泣き続けた。そして何度も頷いて繰り返しお詫びを叫んだ。その姿を見てスタイン牧師は、ですが…、と言葉を続けた。
「私はグレグソン氏の代わりではありませんよ。私はグレグソン氏ではないんですからね。私という人間を知ってもらいたいと思っていますよ。」
ウォルトたちはうんうんと泣きぬれた顔で頷いた。最後にドルイドは膝をついて再び彼らに向き合い、こう告げた。
「あなたたちに約束してもらいたいの。もう二度と幽霊の真似事なんてしないと。あなたたちがグレグソン氏のふりをしたことで、彼の名誉は傷つけられたのよ。
彼は人を脅すのだと、スタイン氏は信じていたんですもの。」
ここで子供たちの表情はさっと青ざめた。
「グレンはそんなことする人じゃなかった!」
ウォルトが叫んだ。ドルイドはゆっくりと頷いた。
「自分たちがしたことの重さがわかったかしら。」
それを聞いて彼らは項垂れた。
「もう二度としない…」
「その言葉を信じるわ。」
ドルイドはこれで話は終いとばかりにさっと立ち上がった。だがここでレイモンドがドルイドの肩を掴んだ。
「まだ終わっていない。」
ドルイドが怪訝な表情をする。
「まず一つは、先程彼女を突き飛ばしたことを謝ってもらわなければ。」
レイモンドはウォルトを見据えて告げる。
「そしてもう一つは、今から我々は君たちを各自の家に送り届ける。そして今日の出来事を全て家族に説明するとしよう。いいね。」
ここで子供たちは目を見開き、両手で顔を覆って恐怖に呻いた。それは先程まで味わった恐怖の、何倍もの試練が降りかかると悟ったからであった。
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