第43話 魔法の契約 【ランカスター城】
カーライルが巻物を火の中に投げ入れた瞬間、幾人の客たちは悲鳴や怒りの声をあげて暖炉に押し寄せたが、誰も暖炉に触れることはできなかった。
なぜならペルソンヌがそれを許さなかったからだ。燃える巻物に手を伸ばした物は皆、引き
その異様な光景は、周囲の気を動転させたが誰も声を上げることはしなかった。
何か変な動きをすれば自分たちも餌食になるとわかっていたからだ。
ペルソンヌは首を傾げて口を開いた。
「この巻物の所有者はカール様でございます。所有者の判断を妨げることは誰にもできません。あなた方はあなた方の巻物を大事になさって下さい。」
そう言うと、無事だった者は皆はっとして自分たちの皿の上に乗った巻物に目を向けた。
「さて騒がしくなりましたが、今度こそ晩餐会の終わりを告げてもよろしいですかね?
皆さま、分かっておられるとは思いますが、もちろん隣の部屋にコーヒーや紅茶など用意はしておりませんし、女性から退室する必要もありませんよ。
もちろんここに残って談笑に興じて頂いても構いませんが、この城は12時の鐘と当時に魔法が解けてしまいますのでご注意下さい。」
ペルソンヌの発言はいろいろめちゃくちゃ過ぎて、皆彼の言葉を理解するまでに時間がかかったようだ。
まず床にはまだペルソンヌの魔力のせいで苦しんで呻いている者がいたし、12時に魔法が解けるという話も寝耳に水といった様子で、今何時だ!と慌てる者もいた。
『魔法が解ける』というのは、つまりここが再び監獄として目覚めるということだろう。今は11時を過ぎたところで、魔法が解けるまでまだ時間があるが、彼が薬を使ったと言っている以上、正直12時という時間に信憑性があるかも疑わしかった。
エレナやフローラは自分たちの巻物を掴むと脱兎のごとく部屋を退室したが、カーライルもすぐに行動に移した。もちろんこの場を去るのではなく、犯人を逃がさないために動いたのだ。カーライルはアルバートの前に立ちはだかり、手を差し出した。
「あなたは私と共に来てもらう。父の呪いを解くまであなたは私から離れてはいけない。」
「…魔法の契約か。」
アルバートが苦々しく呟く。
「当然だ。私はあなたを信用していない。」
「私が執行者になろう。」
そう名乗り出たのはベネディクトだった。
カーライルは突然のことに面食らったが、ベネディクトはさも当然と言った様子で2人の間に立った。
それは確かにありがたい申し出だった。魔法の契約は2人でも成立するが、執行者がいてくれれば更に強力で信頼のおけるものになるからだ。だがカーライルの手にはもう巻物は無く、自ら破棄してしまった。そんな自分にどうしてここまでしてくれるのか理解できず、戸惑いを覚える。そんなカーライルの考えを察してベネディクトは苦笑を浮かべながら言葉を足した。
「私はね、君のお父上のことをよく知っているのだよ。」
カーライルは再び瞠目する。彼が父を知っているとはどういうことか。
「あなたはいったい…。」
その言葉にベネディクトは、ふと口角を緩めた。
「私はね、ジョットの人間なのだよ。ディギンズとはいつだって助け合ってきた。」
カーライルはついに言葉を失った。カーライルだけでなく周囲も息を呑んだのがわかった。ジョットはディギンズに負けないくらい強力な魔法一族だ。だが驚いたのはそれだけでなはい。ジョット一族はここ何年かいや十数年以上、表舞台に姿を現していないのだ。
カーライル自身、ジョットの人間に会うのは初めてだった。父と親交があったとは俄かには信じられない。だが彼の仮面の奥の瞳は温かく穏やかで、虚構を述べているようには見えない。
「私はね、ただ君を助けたいだけなのだよ。」
ベネディクトは微笑んだ。
「私が彼の身分を保証しますよ。」
ペルソンヌが言い添えれば、カーライルの選択肢は残されていなかった。カーライルはおもむろに手を差し出した。
握手を求めるようなその仕草に、アルバートは苦渋の面持ちでそれに倣う。
2人が握手を交わすと、その上にそっとベネディクトの右手がのせられた。
ベネディクトが口上を述べた。
「執行者が問う。
汝が契約に求むることは。」
「我は彼に求む。
我帰途に同行し、父の呪いを解くことを。」
端的な内容にアルバートは少し驚きを見せたが、すぐに言葉を返した。
「我は誓う。
「執行者はここに契約の成立を宣言する。」
ベネディクトの言葉で、3人の手に目に見えぬ縛りが幾重にも重ねられていくのがわかる。魔法の契約が成立したのだ。
カーライルは気づかれぬようにほっと息を吐いた。ここに来た目的は無事、成就されたのだ。
だが安心したのも束の間で、待ち望んだ声が耳の奥から聞こえて来た。
『…カーライル、待たせたわ。エレクトラは無事よ。』
ドリーの言葉は端的だが、正にカーライルの求めていた言葉だった。だがカーライルはここで返事をするわけにはいかない。カーライルはアルバートに向き合った。
「よもや契約が交わされた以上、あなたが逃げるようなことはないと思います。明日朝一の列車でここを発ちますので、ランカスター城駅で落ち合いましょう。
行ってください。」
カーライルの言葉を受けて、アルバートはすぐに踵を返してここを去っていった。
『無事、犯人を見つけたのね。』
ドリーの安堵の呟きが聞こえたが、反応は返さずに次にカーライルはベネディクトに向き直った。
「ありがとうございました。
卿のおかげで私の目的は達成されました。」
ベネディクトは微笑んだだけだった。カーライルは周囲の視線に気づき、ベネディクトをそっと部屋の外に誘導する。
そしてカーライルはあらためてこの高貴な人物に挨拶をすることにした。
「もうご存知かとは思われますが、私はカーライル・ディギンズと申します。」
ベネディクトは嬉しそうに笑んだ。
「ルーカスの息子だね。彼の若い頃によく似ている。」
『カーライル、彼は誰なの?』
「まさかあなたのような方に、ここで出会えるとは思いませんでした。
ジョットの人間に執行人を務めて頂けるなどこれほど心強いことはありません。」
ドリーの質問に答えるように話したカーライルは、彼女がジョットという名を聞いて息を呑んだのかわかった。
『カーライル…まさか…彼は…』
「私も仮面を外すべきだな。」
まるで消え入るようなドリーの呟きを聞き届けたように、ベネディクトはそっと自身の仮面に手をかけた。
仮面を外した彼は、やはりカーライルの想像した通り穏やかな人物のようだった。細身で顔立ちもふとすれば冷たい印象があるが優しげに細められたヘーゼルの瞳がその印象を和らげている。
「私はダラムヴァー卿と呼ばれている。君のような息子がいて、ルーカスもさぞかし誇りに思っているだろう。」
そんな事はない、と言おうとして出来なかった。ドリーの言葉に気を取られたからだ。
『…カーライル、私はもうあなたと連絡を取れないわ。エレクトラのことはあなたが戻った時に全てを説明するわ。
道中気をつけて。』
「な…!」
カーライルは彼女の名を呼んでしまいそうになるのをなんとか
瞠目するカーライルにダラムヴァー卿が気づかわし気に声をかける。
「大丈夫かい。」
「いえ…すいません、大丈夫です。」
「そうは思えないが…左目が痛むのかい…?」
カーライルははっとして左頬に手を当てた。
驚いたことに指先が濡れていた。
それは紛れもなく自身の左目から流れた涙だった。
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