第4話 秘密の依頼

 ドルイドの言っていた午後の客はすぐに帰っていった。

メアリが衣装替えを終えて1階に降りて来た時には、訪問者はすでに玄関ホールで

ドルイドに別れの挨拶をしていた。

ジェイクが訪問者の男性にコートを着せて山高帽を渡している。


「ではよろしくお願いいたします。」

「最善は尽くします、とだけ申しておきますわ。」


男性は帽子のつばに軽く手をかけて、そうして屋敷を後にした。

メアリが階段を降りると、見送りを終えたドルイドがメアリに気づいた。


「また何かの依頼?」


メアリはさっそく尋ねた。今聞いておかないと蚊帳の外に置かれると考えたからだ。ドルイドは人にはわからないほどかすかに溜息を突いて答えた。


「ええ、そうね。

でも今度は私1人でどうにかなるわ。」


メアリは見る間に表情が陰り、悲し気な声でドルイドに哀願した。


「そうかもしれないけれど、私にも何かできるかもしれないじゃないの。そんなこと言わずに教えてちょうだいな。」


ドルイドはやれやれと首を振り、ジェイクにお茶の用意を頼んだ。ここで会話は終わりらしい。

メアリが落ち込んで玄関ホールに佇んでいると立ち去ろうとしたドルイドが振り返ってこう言った。


「立ち話では疲れるでしょ。

お茶を飲みながら話すわ。」


メアリはたちまち元気を取り戻した。


「ではフィリック夫人が作ってくれたバターカップケーキもあがりましょうね。」





ドルイドはジェイクが運んでくれたティーポットからお茶を注いでいる。その姿を見ながら、メアリは身の内の感動をなんとか抑え込んでいた。この間まで取り付く島もなかった妹の変化に喜んでいるのだ。それかもしくはメアリが引き下がらないことを知っているからこそ、抵抗が面倒になっただけなのかもしれないが。それでも依頼の話を共有してくれると言うのだから今はそれで満足としなければならない。


「あの方はどなただったの?」


メアリは知りたい欲求が抑えられずに口を開いてしまった。

ドルイドはお茶を一口含むと彼女の質問に答えた。


「彼はただの使いよ。誰の使いかと尋ねているなら依頼主はここを治めている方よ。」

「ベンバリー男爵のことかしら?」


ドルイドは珍しく驚きの表情を浮かべてメアリを見返した。


「男爵を知っているの?」


メアリはもう少しこの顔を見ていたい気がしたが、正直に答えた。


「いいえ、フィリック夫人が教えてくれただけよ。」


ドルイドは安堵の溜息をついた。


「そうでしょうね。あなたたちは随分打ち解けたようね。」

「だってここで生活するんだもの。そのためには仕事を覚えないとね。

それにしても依頼人本人が来ないなんて失礼な話ね。」


「忙しい方なのよ。それに彼自身も実はただの代理人みたいなものだわ。」


メアリは訳がわからず眉間に皺を寄せる。


「それはどういう意味?」

「南にある屋敷はご存知かしら。」

「ええ、今日森で話をしていた牧師館でしょう。」

「そうよ。だけどあそこにはまだスタイン牧師は住んでいないの。アンドリュー夫妻の家にお世話になっているのよ。」


メアリは目を見開いた。


「まぁどうしてなの。」


ドルイドはティーカップを置いてメアリを見据えた。メアリはドルイドの改まった雰囲気にわくわくした。ここからは秘密の話に違いない。だがそのわくわくした気持ちがドルイドに伝わらないように、何とか表情を取り繕う。

しかしドルイドは姉の感情など全てお見通しだった。


「姉さん、これは仕事なの。

お願いだから邪魔しないで頂戴。」

「大丈夫よ!そりゃ少しわくわくしているけれど。でも誰かに話したりしてあなたの仕事の邪魔をしたりなんかしないわ。フィリック夫人にはもちろん。ジェイクにだって話さないわ。レイモンドにだって…」

「ジェイクは何もかも知っているのよ。ジェイクと私の間に秘密はないわ。」

「レイモンドは…?」

「レイモンドは時と場合によるわ。」


メアリは背筋を伸ばして鷹揚に頷いた。


「わかったわ。約束はきちんと守るわ。これからどんなにこの村に馴染んでもあなたの秘密は守るし、仕事の邪魔をしたりしない。」


ドルイドはメアリに向き直り真剣な眼差しを向ける。


「姉さん、この話はいつかしなければならないと思っていたのだけれど。私には私の生活があるの。姉さんが何の目的でここに来たのか知らないけれど、私は一族の干渉を喜ばないわ。姉さんがここにいるつもりなら、そのことはしっかり理解してもらわないと困るの。それができないなら今すぐにこのウェザークローハウスを出て行ってもらうわ。」


メアリもドルイドと同じくらい真剣な目で彼女を見返した。


「ドリー、私は個人の願いでここにいるのよ。一族は関係ないわ。そしてあなたに隠れて何かをしたりすることはないわ。魔法で契約を交わしても構わない。」

「私はそんなことはしないわ。」


ドルイドは苦い表情を浮かべてきっぱりと言い切った。


「いいわ。姉さんを信じる事にするわ。」


それを聞いてメアリは小さく笑みを浮かべた。

ドルイドはお茶を一口含んで話を戻した。


「スタイン牧師が牧師館に住まないのは、まだ建物の補修やグレグソン前牧師の荷物の整理が住んでいないからだと表向きにはなっているわ。」

「本当は違うのね。

まさかグレグソン牧師の幽霊を恐れてなんてわけじゃないでしょうね。」


メアリは森での会話を思い出しながら口にした。


「そのまさかよ。スタイン牧師はあの牧師館が呪われていると考えているの。それでこの村の領主であるベンバリー男爵を通して私に依頼を寄こしたというわけ。」

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