第5話 リプリースクロール
ドルイドはブロムトン卿との面会を終えるとすぐにカーライルに会いに行き、ブロムトン卿の容態と会話の内容を伝えた。
ただ、カーライルの妻に望まれたことや、カーライルの晩餐出席を阻止するように言われたことは伝えないことにした。前者は置いておいて、後者は後々面倒なことになると判断したからだ。
卿の身体が呪いを受けていること、そして呪いを解くつもりは無いという卿の意思を伝えるとカーライルはさして驚きを示さずに、全く彼らしいことだ、と半ば呆れ気味に感想を述べるにとどまった。
ここまでの話をメアリにも端的に説明すると、やっと納得言ったように頷いた。
「…つまりブロムトン卿はライバルに呪われたのね?」
「そうです。」
カーライルが肯定するとメアリは心配そうにドルイドを見やる。
「ドリー、あなたは大丈夫なの?
手紙を受け取ったんでしょう?
呪いを送られたりはしていないわよね?」
「私は権利を放棄しているのよ。
最初の手紙は引き継ぐ意志があるかどうかを尋ねる手紙だった。
私はそれを断ったのよ。晩餐の招待状が送られたのは、後継者候補から下りなかった魔法使いたちだけ。」
メアリは安堵して肩の力を抜くと、隣のカーライルは苦笑を漏らす
「あなたは賢明だった。
それに比べ私の父は…下手な欲望を抱くからあんな目に合うのだ。」
嫌悪もあらわに吐き捨てるように告げるカーライルをドルイドが諫める。
「仕方ないわ。あれを取り戻すのがディギンズ一族の悲願なのだから。」
「ねぇ、わからないのだけれど、リプリースクロールってジョージリプリーが書いたとされる錬金術の巻物よね?どうしてそんな貴重な物を手放そうとしているの?
今は確かサー・ハンスが所蔵しているのではなかったかしら?
サーの身に何かあったの…?」
「姉さん…。」
これだからメアリを巻き込むのが嫌なのだ。
いちいち説明を加えなければならない。
「確かにハンス准男爵はリプリースクロールを所蔵していたけれど、彼は17、8世紀の人間よ。今は大英博物館図書館で保管されているわ。」
「ということは今の所有者は大英博物館図書館長ということ…?」
「……。」
ドルイドが黙っているとカーライルが笑いを漏らした。
「ドリー、私が話そう。
あれに関しては確かにややこしい部分が多々ある。ひとつひとつ説明しなければ。」
ドルイドはカーライルに任せることにした。
「まずリプリースクロールは現在確認されているもので、大英博物館図書館所蔵のものを含め人間が所有しているのが18巻、それ以外に魔法使いが所有しているものが7巻あります。他にも世に出ていないものもあるでしょうが、しかしその全てが写本か、もしくはまがい物なんです。精巧なものもありますが、その巻物通りに術を成そうとしても全く機能しない。」
「そんなにたくさんあるなんて知らなかったわ。しかも全て本物じゃないなんて…。」
ここでメアリーが怪訝な表情を浮かべる。
また疑問が浮かんだようだ。
カーライルがどうぞと促すとメアリーが質問を口にした。
「本物じゃないのに、どうして大英博物館図書館のものは私たちの世界でも有名なの?」
「理由はいくつかありますが、ひとつは保存状態がよいこと、そして色彩も鮮やかで美しいということです。ですが我々が最も注目しているのは、見た目よりも書かれている内容です。つまり、それが本物に最も近い写本とされているということなんです。
だからこそ、これまで多くの魔法使いが手に入れようしてきましたが、現在は人間が大々的に保管してくれているおかげで誰も手出しができないのです。まぁ本物に近いとはいえ、所詮偽物ですからね。盗むには労力がかかり過ぎていて、割りに合わないんです。」
メアリーはここで何かを察し、瞠目する。
「ということは…まさか…今回後継者を探しているリプリースクロールというのは…。」
「ご明察の通り、15世紀に書かれたジョージリプリーの原書です。
使えば術も機能する…と言われています。
そしてそんな貴重なものをどうして手放すのかというと…ここがメアリーさんの質問ですが、手紙に書かれていた通りに答えるならば現在の所有者は不治の病に侵されており、巻物を安全に管理しておくことができなくなったんだそうです。」
それを聞いてもメアリーは納得していないようだった。カーライルは彼女の表情に苦笑を漏らす。
「言いたいことはわかります。
リプリースクロールの所有者が不治の病なんて、冗談のような話です。
あれは不老不死の書でもあるのですからね。だが驚いたことに、私の父を含め手紙を送られた魔法使い達はみな、その存在を信じて疑わないのですよ。」
「その手紙の送り主…巻物の所有者は誰かわかっているのかしら?」
メアリーが尋ねるとカーライルは困ったような笑みで、首を横に振った。
「いいえ。」
メアリーはさらに訳が分からないような表情で尋ねた。
「…どうしてそれを取り戻すことがディギンズ一族の悲願なの?」
「ディギンズ一族は傍系ではありますが…リプリーの血をひく者なんですよ。」
メアリは大きな目をさらに大きく見開き言葉を失ったようだった。
「…まぁ…それはそれは…。
驚くべきことね。
なんだか…信じられないわ。」
「そんなに驚くことはありませんよ。
他人も同然の縁故です。
父にとってはそうではないようですが。」
カーライルはため息をつく。
「父にとって血筋や家格はこの上なく重要なことなんです。
あれを所有することでリプリーの血筋の正統性を確かなものにしたいんでしょう。」
「あなたはそうは思っていないのね。」
ドルイドの言葉にカーライルの表情が少し硬くなった。
「私は父とは違う。」
「ではどうして晩餐に出席する必要があるの?」
ドルイドは語気鋭く尋ねたが彼は答えようとしなかった。ドルイドは彼から目を逸らさずに告げる。
「…あなた、卿を呪った犯人を見つけるつもりね。」
「ディギンズ一族が軽んじられれば、私が家督を継いだ時に面倒なことになるからね。」
「…卿はお許しになるかしら?」
ドルイドはちらりと彼に視線を向けて尋ねる。
「止めるだろうな。私があれの後継者として選ばれる可能性は低いだろうし、おそらく晩餐には業界の重鎮が集まるだろうから力不足を露呈することになる。
ディギンズ一族の
「そんな場所…リプリースクロールを求めて力のある魔法使いたちが集まるなら…とても危険なことになるんじゃないかしら…。
お父上はディギンズ氏を心配なさっておられるのでは…?」
メアリが不安げに告げる。
「それもあるかもしれない。
やっと説得できた一族の後継者を失うわけにはいかないからね。」
メアリは何と言っていいかわからずドルイドに助けを求めるようにこちらに視線を向けてきたが、この親子関係は今に始まったことではないのでどうすることもできない。ドルイドはもう少し建設的な話をすることにした。
「…それで、私にできることはあって?」
カーライルは驚きの表情を浮かべる。
「とんでもない。あなたには父の様子を見て来てもらっただけで十分だ。
関わらせてしまった以上、事情は説明すべきだと思ってこうして話したが、あなたを危険に晒すつもりはない。
それよりもエレクトラ嬢のことを頼みたいんだ。」
「もちろん、彼女のことは責任をもって預かるわ。だけど巻物のことはあなたも不安が大きいのではなくて?」
ディギンズ一族が弱みを見せられない以上、頼れる人間は少ない。だからこそカーライルはドルイドを選んだのだろう。
ドルイドの言葉に初めてカーライルは迷いを見せる。ドルイドはさらに言い募った。
「こう言うのは私も何かしたいからなのよ。
信じられないかもしれないけれど、あなたのお父上には大変お世話になったの。この仕事が軌道にのったのも、お父上の力添えがあったからなのよ。だから私にできることがあるなら何でもしたいと思っているわ。
あなたが気に病む必要はないのよ。」
「危険を伴うとしてもかい?」
「あの巻物が絡んでる時点で、覚悟はできているわ。」
カーライルはほおと息を吐いた。
「あなたの助けが得られるならば、これ以上に心強いことはない。
何と言っていいか…。
…お礼は何でもしよう。」
「これは恩返しなのよ。
お礼なんて必要ないわ。
だけどもし気が済まないなら、別の形で返してもらえるとありがたいわ。」
ドルイドの言わんとすることを悟り、カーライルはやるかたなしとばかりにポケットから手紙を取り出した。
「こんなもの、対価にもならない。」
ドルイドは礼を言って手紙を受け取った。
「いいえ。これはあなたにしかできないことよ。感謝するわ。」
メアリはその手紙を興味津々で見つめていたし、カーライルは納得がいかないような表情だったが、ドルイドはこの手紙の話をここでするつもりはなかった。
「…それで?
その晩餐はいつなの?」
「3月31日の土曜日だ。新月の夜に行われる。まさにサバトだな…。話の流れによっては血塗られた饗宴となるだろう。」
カーライルが自嘲気味に笑う。ドルイドは暖炉の火を見ながら考えた。
つまりあと3週間しかないということだ。
それまでに何ができるかを考えなければならない。
「…場所は?」
この質問にカーライルの表情はたちまち暗くなった。
「…これが所有者の趣向なら悪趣味だと思うよ。場所はランカシャーだ。
晩餐はランカスター城で行われる。」
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