第2話 教会へ向かいながら

 驚いたことにドルイドはその日の晩に屋敷に戻ってきた。メアリが夕食を終えて席を立つと、いつのまにか食堂の戸口に立っている彼女に気づいた。メアリは驚いて駆け寄り、一言物申そうとと彼女に迫ったが、彼女の顔を見てその気は失せた。彼女は見るからに疲れ切っていて、少し痩せたようにも見える。この4日間でアイルランドを縦断してきたのではないかと思うほどだった。そうでもしないとこの疲労困憊の様子は説明できない。

だが彼女は自身の疲れを自覚していないかのように、いつも通りに口調で苦笑いを浮かべて言った。


「まだいたのね…。」


メアリは彼女の言葉など耳に入らなかった。今にも倒れそうなドルイドを支えようとしたが、ドルイドは手を上げてそれを拒絶する。メアリはそんなことで傷ついたりするのはもう止めようと決心していたので、気にせず彼女の腕をとりテーブルの椅子まで引きずって座らせた。ドルイドの腕はかわいそうなくらい細く、メアリに抵抗する力もないようだった。しかもなぜかそのドレスは薄汚れていた。


「いったいどこにいたの?とても心配したのよ。でも誰もあなたの居場所を教えてくれないんだもの。ああ待って。そんな話より、あなたは何か食べないと。あなたの分もあるからちょっと待っていてね。」


彼女が食事を必要としてるかも確認せず、メアリはキッチンに消えた。しばらくすると温めなおした野菜スープとパンに冷肉を持って来た。


「レンジの火が消える前でよかったわ。さぁどうぞ。」

「これはあなたが作ったの?」


ドルイドは驚きで目を見開く。メアリは小さく笑みを浮かべる。


「そう言いたいところだけど、ほとんどフィリック夫人が用意したのよ。私は野菜を切ったのと、そのいびつなパンを成形しただけ。」


ドルイドは何とも言えない表情をしてから食事をはじめた。だがお腹が空いていたに違いない。ドルイドはあっという間に食事を済ませてしまった。メアリは聞くなら今しかないと思って尋ねた。


「それでドリー、あなたはここ数日どこに行っていたの?」


ドルイドは顔を上げてメアリに視線を合わせたが、何も言わなかった。メアリはそれが答えなのだと悟った。時間はいくらでもある。彼女から話してくれるのを信じて待つことにした。


「もういいわ。でもこれだけは答えてちょうだい。明日、教会に礼拝に行くでしょう?あなたも毎週かかさず行っているとフィリック夫人に聞いたわ。私はあなたと行くから、そのつもりでいてちょうだいね。」

「フィリック夫人から誘われたんではないの?」

「あなたがいるなら話は別よ。私たち姉妹なのに別々で行くなんて変じゃないの。」


ドルイドは不思議そうな目でメアリを見たかと思うと

わかったわ、と言って話は終わった。





早朝メアリは念入りに準備をした。礼拝の日は誰もが一番いい服を着こんでくるからだ。だがメアリはこの村で目立とうとは思っていなかったので上品な臙脂えんじ色の外出着を着ていくことにした。

だがメアリの意思に反して、瞬く間にその高そうなドレスを着た貴婦人がドルイドの新しい同居人なのだと村中に広めることになった。そうなるだろうことはドルイドには容易に想像できたが、今朝支度の整ったメアリを見ても何も言わなかった。メアリに服装について物申すのは時間の無駄だと考えたからだ。

逆にメアリはドルイドの服装について言いたいことは山ほどあった。確かにドルイドは昨夜とは違い身ぎれいに整えてはいるものの、いったい何枚同じものを持っているのかと思う程似通ったグレーのドレスを着こんでいる。メアリは心の中で、絶対にドルイドに新しいドレスを用意しようと決意を新たにしたのだった。





丘の上にある教会を目指して、2人はゆっくりと並んで歩いた。


「あれは誰からの手紙だったの?」


朝食の席で、ジェイクがドルイドにいくつか手紙を運んできた。メアリはそれが気になって仕方がなく、ついに無言が続くこの道中に終止符を打った。


「アリスからの手紙もあったわ。」


知りたいのはこのことだろうと見当をつけたドルイドは答える。


「まぁ何て書いてあったの?」


メアリは純粋な喜びと驚きを表明して尋ねた。


「マイラ嬢が歩けるほどに回復したそうよ。食事も普通にとるようになったそうだわ。夫妻は片時も目を離さないからマイラ嬢はうんざりしているみたいだけどアリス曰く、まんざらでもないみたいだわ。」

「婚約破棄のことは何か書いてあって?」


メアリはこのことばかりが気がかりだった。婚約破棄にすべきだと発案し、行動を起こした者である以上、責任を感じているのだ。


「その件は触れていなかったわ。ただヘンリー氏が度々お見舞いに来ているようだわ。彼は律儀だからモーリス氏の件も含めて、責任を感じているのかもしれないわね。」


メアリはそれはどうだろう、と思った。ヘンリー氏の目的は別にあるのではないかと思えたからだ。


「そのうち彼からあなたに手紙が来るかもしれないわね。」


メアリは何気なく思ったことを口にする。


「彼が手紙を書く必要性はないわ。」

「まぁドリー、あなたって人は…!」


ドルイドはここで初めてメアリと目を合わせ眉根を寄せて、何が言いたいの?と目で語っていた。メアリは嘆息する。


「彼はあなたにぞっこんだったじゃないの。わからなかったの?」


ドルイドは奇妙な表情を浮かべた。メアリは彼女が何か反論してくるかと待ち構えたが、何も語らないことが賢明だと判断したらしかった。


「もういいわ。あなたにその気がないならどうしようもないもの。」


レイモンドもこれでは大変だと密かに思うのだった。


「とにかく彼の意思がどうだろうと、手紙を送ることは不可能よ。私が許可を与えていないもの。」


これは口約束などではなく、そういう魔術を施しているという意味だ。


「ただ彼はあの手紙に触れているわね。」

「どうしてわかるの?」

「戦争への恐怖を感じたのよ。」

「ああ…」


ドルイドは幼い頃から物に触れると、その物の記憶やゆかりの人の気配を意図せず感じ取ることがあった。


「安堵と恐怖とその他の多くの感情が入り乱れてたわ。それだけ生々しい感情は戦争を知る者しか抱かないわ。」


メアリはモーリス邸滞在中に読んでいた新聞を思い出した。


「ケープで戦争が始まったわね。もしかすれば彼が負傷していなければ関わっていたかもしれないわね。」


ドルイドは眉間に皺を寄せる。


「ひどくなるの?」

「さぁわからないわ。」


そう告げるドルイドの表情は見る間に暗くなる。メアリは彼女のセンサーがどんどん広がっていくのを感じた。放っておけば何千マイルも離れた男たちの叫び声をその身に集めかねない。

メアリは気を反らそうと慌てて口を開く。


「マイラ嬢は手紙をくれるかしら?」


ドルイドははっとしたように顔をあげる。


「そうね。もう少し元気になったら必ず書くと言っているそうよ。」


メアリは微笑んだ。


「その手紙が待ち遠しいわ。」


そこからはただ静かに教会に向かって歩いた。メアリは道中、こうして妹と会話できたことに満足していた。それはドルイドもそうであって欲しいと心から願うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る