第3話 夕食の後
2人をそれぞれの部屋に案内し、荷解きを終えるとすぐに夕食の時間になったが、予想した通り夕食会はエレクトラの独壇場となった。
魔女や魔法使いの生活について根掘り葉掘り聞きだそうとしたのだ。
ドルイドは一切関知しなかったので、メアリとカーライルが優しく答えていた。
エレクトラは彼らの話に驚きと喜びを持って聞き入っていたが、そうして楽し気に過ごす彼女をカーライルが微笑ましく、そして時折悲しげに見つめるのをドルイドは見逃さなかった。
夕食会を終えると、カーライルの強い勧めもあってエレクトラはすぐに寝室に戻ることになった。彼女の体調は細心の注意を払う必要があり、実際彼女は長旅で疲れていたからだ。メアリーが彼女を寝室まで連れて行き、ドルイドは彼女のためにハーブティーを用意することになった。少しでも彼女の身体を癒すためだ。
ドルイドがティーセットを持って遅れて部屋に入るとナイトガウンに着替えた彼女がベッドに入るところだった。
すでに荷物はチェストや箱の中にしまわれ、元から彼女の部屋であったかのように整理されている。
「この部屋を気に入ったわ。窓から見える景色も素敵だし。質素だけど落ち着くもの。」
「それはよかったですわ。」
メアリが誇らしげに相槌をうつ。確かに彼女のおかげでこの屋敷は人をもてなす状態になったと言える。2人の会話を尻目にドルイドはサイドテーブルにティーセットを置くとカップにハーブティーを注いだ。
部屋に爽やかな香りが広がり、エレクトラは深く息を吸ってこちらを振り向いた。
「いい香りね。」
「心と身体が休まるハーブティーですわ。
これを飲んで今日は休んで下さい。」
興味津々な目でティーカップを覗き込んで尋ねた。
「これは魔法なの?」
「ただのハーブティーですわ。」
「こんな香りは初めてだわ。」
「私の配合ですから。」
「まぁ!では魔女のハーブティーね!」
エレクトラの嬉しそうな反応を意にも介さずドルイドはティーカップを彼女に手渡す。
エレクトラがそれを口にするのを見届けると、ドルイドはメアリの方を振り向いた。
「姉さん、後は任せたわ。
エレクトラ嬢がお休みになったらあなたも休んでちょうだい。」
「ええ、そうさせてもらうわ。」
メアリの返事を聞いてドルイドが出て行くとエレクトラが顔を上げてすかさずメアリに尋ねた。
「彼女っていつもああなの?」
「…と言いますと…?」
メアリは目を見開いて質問で返した。
「あの無愛想な感じよ。世の不幸を集めたような顔をしているわ。」
メアリが常々思っていることだが、尋ねられるとどう答えていいのかわからなかった。
「…そうですね。いつもあのような感じです。小さい頃はそうでもなかったんですけど…。」
エレクトラが好奇に瞳を輝かせた。
「…小さい頃はどんな感じだったの?」
エレクトラの質問にメアリは思わず笑ってしまう。エレクトラは片眉をあげた。
「何がおかしいの?」
「失礼しました。いえ…ちょっと昔のことを思い出しまして…。そうですね、今では想像できないくらい明るくて、よく笑って、そして勝ち気でしたわ。」
エレクトラは瞠目する。
「想像できないわね!」
「そうなんですの。本当に…どうしてこうなってしまったのかしら…。」
独り言のように呟くメアリに、エレクトラは何かを考えるようにお茶を口に含むと、きっぱりとした口調で告げた。
「…私は辛いことがあっても笑顔でいるわ。苦しくても、これ以上不幸な気分になりたくないもの。」
メアリははっとして、エレクトラを振り向く。
「私は彼女みたいになりたくないわ。」
ドルイドが1階へ降りると、客間ではカーライルがソファに深々と腰かけ、くつろいだ様子でワインを飲んでいた。
貴族の夕食後の嗜みだが、それ以上にドルイドと話すタイミングを待っていたことは明らかだった。
「エレクトラ嬢は眠ったかい?」
「眠りの
何でもないことのように言ってドルイドは彼の前に腰かけた。
「ありがとう。嫌な役回りをさせたね。」
「いいのよ。そうした方が私にとっても都合がよいもの。」
カーライルは苦笑を浮かべる。
「あなたはいつもそうやって悪ぶる。」
ドルイドは怪訝な表情を浮かべたが、カーライルはそれ以上何も言わずに彼女にワインを勧めた。この話題に続きは無いと悟ったドルイドは黙ってお酒を頂くことにした。
注がれたワインをドルイドが一口含んだところで、カーライルが口を開いた。
「彼女の非礼を詫びよう。
いつもはああではないんだ。
こうしてお目付けもなく出かけたことがないものだから、興奮を抑えられないのだろう。彼女のお父上のウォード伯爵は大変厳格な方だからね。」
「そんな方が
「私が説得したんだ。
本当ならウォード伯爵の姉君が付き添うはずだったが、姉のジョージナ様に姪がこんな状態だと知られるのは得策ではないと卿にお伝えしたんだ。」
「貴族って大変ね。」
ドルイドが関心なさげに告げる。
「そういったわけでこの滞在もあまり長くは保証できない。長くて3週間か…。
それまでにどうにかできるかい?」
「十分よ。だけど彼女に説明した通り、まずはネックレスが修理できないかを確認する必要があるわ。あの手段を使うのは修理できないとわかった時よ。」
カーライルは頷いて、興味深げに瞳を光らせるとドルイドに尋ねた。
「その術は見せてもらえるのかな?」
「できないわ。信用してもらう他にないわ。」
「もちろん、信用しているよ。
これはただの個人的な興味だ。」
ドルイドは伏し目がちに答える。
「残念だけど…他人を入れると集中できないのよ。」
カーライルは残念そうに肩を竦めただけだった。
「それは致し方ないことだ。
術が失敗しては困るからね。」
「…あなたはどれくらい滞在できるの?」
カーライルの答えを聞く前にドルイドは何かに気づいたように背後の扉に視線を向けた。カーライルは苦笑を浮かべる。
「メアリー嬢、入ってきて下さい。」
その言葉を合図に扉は開かれた。覗いた顔は何とも気まずそうで、ドルイドが眉間に皺を寄せると、メアリーが慌てて弁明する。
「エレクトラ嬢が眠ったことを伝えようと思って降りてきたんだけれど、なんだか込み入った話のようだったから入るに入れなかったのよ。」
「姉さん…」
ドルイドが口を開いたところで、カーライルが止めに入った。
「ドリー、大丈夫だよ。
聞かれて困ることな何もない。
仲間外れは気分も悪かろう。」
カーライルにこう言われてしまえば、彼女を追い払うことができない。
ドルイドが黙ったのを承認と受け取ったカーライルは、メアリを視線で座るように促す。
メアリは喜んでドルイドの隣に座った。
ドルイドはメアリの存在を無視して、話を続けることにした。
「それで?
あなたはどれくらいここにいられるの?」
「1週間…だな。
あの手紙の送り主から招待状が届いたことは知っているね。
私は父の代わりに出席する。」
ドルイドはしばらくの沈黙の後、重い口調で尋ねた。
「…あれから卿のお加減は?」
「思わしくない…と執事から聞いている。やはり面会を拒まれていてね。本当に…あれだけ頑固なのもどうかと思うよ。」
「あなたとそっくりよ。」
ドルイドがすかさずそう言うと、カーライルは納得いかなげに眉間にしわをよせた。メアリはこの間を利用して疑問を呈した。
「話が見えないわ。
あの手紙って何なの?
ブロムトン卿はお加減が優れないの?」
ドルイドはひとつため息をついて姉の質問に答えた。
「手紙とは私たちのもとに届いた手紙のことよ。アリスからの手紙が届いた日に何通かあったでしょう。あの中の1通がそれだったのよ。その手紙のせいでカーライルの父君は臥せっておられるの。」
メアリはただならぬ事態を察して青ざめる。
「…その手紙の内容は何だったの?
どうして卿は伏せっておられるの?」
ドルイドはカーライルに尋ねるように視線を向けたが、彼が頷くので話すことにした。
「リプリースクロールの次の後継者を求める手紙よ。卿はその後継候補の1人で、それを
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