第11話 計画

ドルイドはこの流れに納得いっていないようだったが、レイモンドは席について動く気配がなかったので、諦めてこれまでのことを説明しはじめた。

ドルイドが先ほど実際に屋敷内を見てきたところだ、と言葉を切るとメアリがすかさず尋ねた。


「それで屋敷はどうだったの?私にはグレグソン氏の気配は感じられなかったわ。それに妙なものも見つけられなかったわ。」


メアリは幽霊に対峙したところで何もできないが、いるかどうかくらいはこの体質と魔女の血でわかるはずだ。だがそれが感じられなかったのは、何か特殊な状況なのかもしれない。ドルイドにはそこのところを説明してもらおうと思ったのだが、彼女の答えは意外なものだった。


「その通りよ、姉さん。あそこには誰もいなかったわ。」


メアリは驚きで目を瞬いた。


「どういうこと?ではスタイン牧師が嘘をついているということ…?」

「その可能性もあるわ。理由として考えられるのは姉さんが言っていたことが近いかもしれないわね。あそこで暮らすのが恐ろしいのかもしれないわ。」

「だからあなたにお祓いを依頼したということ?」

「その線が正しければね。問題はそうではなかったときよ。」

「確かに問題だね。」


レイモンドが同意する。メアリは話が理解できず眉間に皺を寄せる。のけ者は真っ平だ。レイモンドが困った顔をしてドルイドに説明するよう視線で促した。ドルイドがやれやれと首を横に振って口を開いた。


「他の可能性としては、実際にあの屋敷には異変が起こっていて、だけどそれは幽霊ではなくて人間の仕業だということよ。」


メアリはびっくりして叫んだ。


「そんな…!いったいどこからそんな悪漢が!」

「外部とは考えにくいわ。」


ドルイドが冷静に答える。メアリはドルイドの言葉が信じられなかった。


「それはつまり…」

「村の人間の仕業ということだね。」


レイモンドが引き継いだ言葉にメアリはショックを受け口をあんぐりと開けてしまった。


「そんな…まさか…牧師様に対してそんな…!神をも畏れぬ所業だわ…!そんなことってあるかしら…!」


教会であったあの村人たちの中にそんな人間がいるとはメアリには俄かに信じられなかった。やはり我々は隣人を信じてはいけないのだろうか。メアリは自分の身体を抱いた。村人たちに対する疑惑がまた胸の内から湧き出てくるのを感じる。


「それで…これからどうするの…?」


メアリは何とか口を開き2人に問うた。


「まだ本物の霊の仕業である可能性が無いわけではないわ。だから両方の線で調べていく必要があるわね。」

「どう調べるの?」

「また屋敷を訪ねるしかないわね。だたし今度はしっかりと霊に呼びかけるわ。」

「ドリー、君はまさか本当に霊の仕業なんて思っていないだろう。」


ここでレイモンドが口をはさんだ。ドルイドは刺すような視線をレイモンドに向ける。メアリはこの緊張感に息を呑んだ。


「本当に霊の仕業なら実際に現場を見て君が見落とすはずがない。」

「何が言いたいの?」

「君は迷っているんだろう。犯人をあぶり出すのが本当にいいのかをね。」


メアリはドルイドの目が微かだが動揺に揺れるのを見た。確かにその通りかもしれない。もし村人の誰かがあの牧師にたいして嫌がらせをしていたならば、大事件だ。

スタイン牧師がその話をおおやけにすればどんなことになるだろう。丘で会った子どもたちの親の誰かがこの件に関わっているかもしれない。そうなれば彼らも苦しむに違いない。他にも不安はあった。もしドルイドが犯人を見つければ、彼女はまずい立場に立たされるのではないだろうか。仕事柄、ただでさえ誤解を招きやすい立場なのに逆恨みなどされないだろうか。

メアリは先行きに不安を感じ、彼女を止めようと口を開いた。他に何か方法があるかもしれない。もう少し穏便に事が運ぶ方法が。


「ねぇドリー…」

「私の信条から言うとね。早急に犯人を捕まえるべきだと思うんだ。」


レイモンドの発言に驚いたメアリは彼にさっと視線を向けた。ドルイドもゆっくりと彼に首を傾ける。2人の反応を気にする風でもなくレイモンドは話を続ける。


「捕まえるというよりは止める、と言った方が正しいか。これ以上罪を重ねる前にその人間を止めるんだよ。」

「簡単に言ってくれるのね。」


ドルイドが冷たく言う。


「君の不安はわかる。だが誰かが止めなければ。私はね、人間を信じているよ。向き合うものは必ず報われるだろう。そのように生きる者の尊厳を誰が傷つけることができるだろう。」


メアリは後半の謎めいた言葉を頭で反芻はんすうする。ドルイドは彼の言葉に食って掛かった。


「あなたの言っていることはまるで現実から遊離しているわ。私はこここの村で生きる者なのよ。この村の慣習と常識と意思に縛られて生きる者なの。」


レイモンドはここでにやりと笑った。


「そうなれば一緒にここを出ればいい。僕たちならどこででも暮らしていけるだろう。」


ドルイドは呆れたように目をぐるりとまわした。メアリはまぁ!と興奮して両手で口元を覆う。今の言葉はどういう意味なのかしら!


「レイモンド、冗談はもうたくさん。」


ドルイドがうんざりした様子で言う。


「本気で考える気がないなら、の元に追い出すわよ。私はこの村を出て行くつもりはないわ。だからここの人間とうまくやっていく必要があるのよ。あなたが出て行きたいならご自由になさって。」


ドルイドのなかば怒りを込めた言葉にメアリははらはらする。先程から感じていたがこの2人はメアリの存在を忘れてはいまいか。だが2人に割って入る勇気もメアリにはなかった。

レイモンドも潮時だと思ったのか降参したように両手をあげた。


「わかったよ。いい方法がある。君を窮地に立たせずこの問題を解決する方法がね。」


ドルイドは訝しげに眉根を寄せる。


「あなたが代わりに犯人を捕まえるというんじゃないでしょうね。」

「それは君が許さないのだろう。」


レイモンドは嬉しそうに微笑んだ。ドルイドは目を眇めるだけでこの言葉を無視した。

ドルイドの立場を守るためにレイモンドが犠牲になることをもちろん彼女は許さないだろう。それがわかっているからレイモンドは微笑んだに違いない。


「君は少しずるさを学んだ方がいいね。」


そう小さく呟き、レイモンドはメアリに向き直った。


「さて私が提案する方法には姉君の協力が不可欠です。ご協力願えますか?」


メアリは2人の会話の展開の速さに一喜一憂し、その上あまり理解できていなかったが、最後の言葉はメアリの救いとなった。わかりやすく、そしてそれがメアリの最も望んでいた言葉だったからだ。


「もちろんよ!何でもおっしゃって!」


メアリはぱっと表情を明るくし快活に答えた。

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