第56話「運搬荷物」
「おいお前、その大荷物はなんだ!」
不躾な大声で呼び止められたのは台車を押していたギルバートだった。場所は多くの人が行き交うはずの出港ゲートである。
現在出港ゲートは憲兵隊とグビアの兵士が巡回しており、物々しい雰囲気となっていた。一般の利用客は委縮してしまっているのか普段よりも少なく、そんな中をギルバートは1.5m四方ある大きな荷物を押して歩いていたから目立つ事この上ない。
コンテナのようなそれは密閉されている灰色の特殊なボックスであり、それが憲兵隊の目をひいたようだ。大声をあげたのは二人組で、大股にギルバートへと近づくと高圧的に続けてくる。
「中身はなんだ? どこへ運ぶ?」
「なんだぁ藪から棒に。憲兵隊さん、何かあったのかい?」
「詳しくは言えんが警戒態勢だ。荷物を検めさせてもらうぞ」
「おいおい大丈夫だろうな。うちの子はまだ学校行ってんだぞ? 休ませた方がいいのか?」
難しい顔をした二人だったが子供の話を聞いて少しだけ態度が柔らかくなった。外見的にギルバートは堅気に見えないところがあり、二人は警戒していたようである。とは言え、それでもギルバートが運んでいた荷物のチェックは行うようだ。
「大丈夫だ。我々が居る限り大事になどさせん。それで中身は?」
「ああ、ミル牛の調理済み特殊パックだ。開けたら台無しになっちまう。おたく、これだけの量の天然素材、ダメにして代金払える?」
「……しょうがない。スキャンだけはさせてもらうぞ。それで、何処に運ぶんだ?」
「ユータス・オデオンの船までだ。うちの店で味を気に入ったらしくてなぁ。おっと、仕入れ量に制限のある裏メニューなんで他言無用で頼むぜ。なんなら今度食べに来てくれ」
「そいつは高そうだ。俺らの安月給じゃ滅多に行けんよ」
会話役の男は笑いながら小さな機械で簡単なスキャンを済ませると、周囲警戒を行っていたもう一人に「大丈夫だ」とだけ告げ、挨拶も早々に離れて行った。よほどのことが起きているらしい。
ある程度事態を把握しているギルバートだったが、素知らぬ顔で二人を見送った。
台車を進め、出港ゲート横の搬入所にて端末へと向かうギルバート。端末への情報はミシェルのおかげですんなりと通り、最優先で目的地への案内が表示されていた。
通されたゲートの先にはユータスの船体下部搬入口があり、タラップを通ってそのまま船内へと乗り入れてしまう。船自体は出港準備中となっているようで、あとは運び屋としての荷物を搬入して出るだけの状態だった。
「お、ご苦労さん。大丈夫だったか?」
「いやぁ途中憲兵隊に止められた時は焦った焦った」
「そいつは大変だったな! どうだい。そんな時に検問や検査官の心を掴み、さっと回避するマル秘テクニックがあるんだが聞くかい? 情報料は8000クレジットでいいぞ」
出迎えてくれたユータスの台詞に何と返せば良いのかと困るギルバートだったが、台車の荷物がプシュッと圧の抜ける音をあげて開いたことで話は流れる。中から出て来たのはニーナとミシェルの二人だった。
「その冗談笑えないからやめなさいよね」
「ふぁ、暑かった……」
二人はギルバートの運んでいた荷物の中に入っていた。いくら情報戦に長けていても、物理的な身体の移動は誤魔化せない。
向こうも交戦を受けて本気になったのか、確保はしないまでも船に通さないとう暴挙に出ていた。あとで訴えればこちらが勝つ行為ではあったが、一時的に足止めするにはそれで十分であり、ニーナとミシェルとしてはなかなかに困った対応だった。
そこでギルバートに頼んで運んでもらったというわけだ。特殊素材なら開くわけにもいかず、スキャンだけならミシェルの力でいくらでも誤魔化すことができた。
「あ、やっぱり入ってたんすねぇ」
「あなた、どうしてここに居るのよ」
ユータスの後方から何食わぬ顔で出て来たのはアイン・ララベアである。細身で眠そうな垂れ目をした憲兵隊の新人は、酒場で憲兵隊に連れて行かれてしまったディーンの助手で、そのまま戻って来ていなかった。
「いや、一応監視役っすから」
「それ、まだ続いてるわけ? 一度抜けたのに戻ってくるなんて正気?」
「まー、あれっす。要するにスパイっすよ」
「自分で言うなんて良い度胸ね」
「憲兵隊にも派閥があるんすよ。んで、逐一逃さず見てこいっていう話に」
「本当にそれだけなんでしょうね」
「さぁー。僕個人からは言えません。あ、でも兄さんの個人宇宙船に乗れるんで嬉しいっす」
「あのねぇ……」
楽し気に笑うアインを見て、どうにも毒気を抜かれてしまうニーナだったが、ディーンが何等かの事情を抱えていたように、この男も何かあるのかもしれない。
軽くしか聞いていないが、ディーンの境遇でつけられた助手なのだ。隙を突かれないよう目を光らしておく必要がある。
「まぁいいわ。ここで見られた以上、ただで帰すわけにもいかないし。ギルバート」
「おう」
「え、ちょっと。なんすかなんすか。ギルバートさんが通れたのだって、僕が酒場での一件を黙秘していたからであって……あ、そんなやめ」
「そうは言っても全面信用なんてしないわよ。しばらく拘束して監視付きで監禁」
ギルバートは手早くアインを押さえつけ、後ろ手で親指を結ぶという簡易な方法で拘束した。そのままアインはユータスに手渡され、奥へと運ばれていく。
「ま、俺はここまでだがな」
「ええ。ありがとうギルバート、助かったわ」
「いやぁ何。あの姐さんがねぇ」
台車だけ回収し、まじまじとニーナを見て笑うギルバートに、ニーナは不満気な顔を返す。何か言いたいことがあるなら言いなさいよ、と。
「……何よ」
「いや、こちらの話だ。俺としては喜んでいる。ミシェルちゃん、どうか姐さんの事は頼んだよ」
「はい! 任せてください」
「またこっちに来たらジョシュと遊んでやってくれ」
「色々落ち着いたら、ギルバートさんの特製ステーキを食べに来ますね」
「おうよ。今度はまた別の調理法を試してみるから、楽しみにしときな。んじゃな姐さん」
「ええ。どうしてミシェルに私のことを頼むのか詰問したいところだけど。ま、また適当に顔を出すわ。それまで、死ぬんじゃないわよ?」
「はははは、なるべく早く見に来てくれ」
豪快に笑いながら、ギルバートはユータスの船を降りて行った。これで荷物は届き、出港準備は整った。
アーゲンの船を押えているニーナの船も出港させなければならないが、そこはミシェルの力で何とか出来る。あとは交戦中の外壁まで行って荷物二名を回収するだけだ。
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