第85話「転移」

 アーゲンは走りながら、惑星ナーベルで遭遇した自称遭難者のことを思い出していた。

 先行したナビをどうやってか機能不全にし、抱えていた彼女。その機能と情報を取り込んだと言い放ち、こちらを中尉と隠していた過去の階級で読んだ得体の知れないもの。


 かと思ったらそのあと目を覚ましたのは変哲もない少女の人格で。それ以降、一度も顔を出さなかったから最早夢幻だったのではないかと思いかけていたくらいの相手。


 そもそもが運搬のついでに惑星ナーベルに寄って、気になる娘が居るからこっそり見て来て欲しいとかいうふざけた依頼だった。

 あの叔父貴がふざけているのはいつものことだったせいで気にしなかったが、軽い寄り道のつもりが随分大事になったものだ。


 タイミングの悪い救難信号。降りてみれば戦闘痕に、交戦している宙賊とブリッツ。こっそりどころか捕捉されて巻き込まれて。一体叔父貴は何処まで想定していたのやら。

 もしかしたら自分が否応なしに戦闘に巻き込まれ、覚醒せざるを得なくなるのも計算していたのかもしれない。


『叔父貴はミシェルの力の正体、見当つくのか?』

『おそらく、の域は出ないよ。首都中枢がその巨大な演算機を用いて空間掌握が出来ることは知っているね?』

『ああ。重力制御のその先だろ?』

『それを彼女たちはおそらく単独でやっている』

『たち、ね』


 グビアと彼女の言動から察するに、グビアはミシェルの力の正体を知っていて、かつ自分たちは既に手に入れているのだろうと推察できた。理由はわからないが、それを察したミシェルの持つ方はグビアから逃げようとしていたようである。


『どんな小さな力を扱うにしても、必ず観測される小さな空間の歪み。これはつまり、本体がこの空間に居ないのだろうと我々は結論付けた。この首都の機能をもっと強力にして、自由自在に空間をコントロールできるのなら辿り着ける。そこまでいったなら、この空間での距離や大きさといったものはいくらでも無効化できる。布をつまんで糸を通すかのごとく、簡単に中身に接続できる』

『そんな異様な力、一体どこから。そういえばあの髭はレガシーとか呼んでいたか』


 アーゲンは首都機能によって指示されていたルートを辿っている。第二の生を歩む歴代職員たちはあらゆる痕跡や、命令がけの重複を用いて、一瞬でも別の命令が割り込んだ箇所を洗い出し、見事にミシェルたちの居場所を特定していた。

 あとはそこへ向けて、首都の普段使われていなかった機能。先ほどの話に出た空間掌握を利用するだけである。


『レガシー。後世に残る業績や偉業という意味だが、それ以前に古くは遺産。先人の遺物という意味がある。それと、グビアへの諜報で面白い単語をいくつか拾っていてね。第五種接近遭遇者という言葉だ』

『第五種?』

『古い分類だよ。とてもとても古いね。第一種“目撃すること”第二種“影響を受けること”第三種“接触すること”第四種“一方的な関係”第五種“対話や交渉”』

『何の分類なんだそりゃ』

『異星人との接触分類さ』


 走っていたアーゲンの動きが止まる。聞き間違いか、また叔父貴の悪ふざけだろうと最初は思った。しかしいくら待っても笑い声は聞こえてこない。


『本気なのか?』

『さてねぇ。グビア側がどういうつもりでそういう分類をしているのか。はたまた本当にその類の存在なのか。いずれにしても今は関係ないことだね。さて、もう少し進んだら右手に入って』


 円環状に首都を巡る通路は天井まで5mほどもあるというのに、横幅は狭く1mにも満たない不思議な通路だった。

 ここは叔父貴曰く首都建設当時に造られた特殊な場所であり、一定距離毎に設置された台から中枢の演算した箇所へと量子転移を行う設備らしい。


 有事の際に使われる予定だったがこれまでほぼその出番もなく、第二の生を歩む職員の一部しかその存在を知らない場所だそうである。


『最寄りの転移台が死んでいたから走ってもらったけど、今後我々の活動でメインにしていく予定だから慣れて貰おう。結構転移は三半規管に来るらしいからね』

『いきなりだな』

『まぁ現場は修羅場だ。気合を入れて切り抜けてくれないと、その予定もおじゃん。いやいや、フィル君には多くの期待がかかっているね』

『身勝手なもんだよ全く』


 アーゲンはぼやきながら通路右脇にあった高さ60cmほどの横穴をくぐる。穴の先は一つの部屋となっていて、2m四方ほどの四角い部屋には、一回り小さな四角くて白い台座だけが存在していた。


『はみ出ないように注意してくれたまえ。腕だけ残されるなんてことになっても回収はできないからね』


 そんな不吉な台詞に押され、アーゲンは台座の中央に寄る。四方を囲う壁には何の装飾も計器もなく、これでは準備が出来ているのかどうかよくわからなかった。


『OK。行くよ。3、2、1……』


 そんな叔父の言葉のあとアーゲンの視界は暗転し、浮遊感も何もなくいきなり三半規管だけが揺さぶられたかのような衝撃が走った。なんだこれはと身構える隙もない。

 光の戻った目の前、わずか数㎝の距離にライフルを構えた兵士と、その先の床には身体を抱え血塗れになったミシェルが居たのだ。

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