第93話「敵の狙い」

『敵は通信封鎖している間に策を講じ終えていた。現在、敵ブリッツの肩装備から射出された空間兵器と呼ばれるものが、何十基も気象管理局を囲んでいる。レガシーの力を兵器化したものだろう』


 自身が叔父貴と呼ぶ上司からその説明を受けながら、アーゲンは両手に握ったグリップを何度も確かめていた。外はかなりまずい状況らしい。


『連邦の乗っ取り。通常、敵の求める中枢制圧は困難だ。しかしレガシーが居ればその限りではない。規格外のそれは全ての防御を飛び越え、首都全ての機能を掌握することが出来る。だからこそ、重力場に守られたアクセスポイントに到達させるわけにはいかなかった。キーとなる男、もしくはその委託を受けた何等かの機器。その進軍を止める。と、我々は考えていたのだが、それこそがフェイクだったようだ。到達させまいとこっちが必死になっている間に、向こうは気象管理局を包囲し首都圏内全ての住民を人質にとった』


 アンカーや軌道エレベータを潰せば、首都は沈みかねない。中枢での派手な戦闘もリスクが高かった。

 それに対し、今相手が取っている気象管理局の破壊は首都が崩壊する危険のない手段である。しかしそれは中枢及び施設に関しては、という文言がついた。


 天球ドームが遮断している人体にとって有害な宇宙線や惑星デアナ自体の放出物。それらが中になだれ込めば、施設は無事でも住民たちは耐えられない。これはそういう脅しだった。


「惑星ナーベルでも、首都の地下でも。いつも人質をとってから交渉を始める男だ。今回も初めからそういう狙いだったってだけだ。そうだろう? 髭野郎」

「ふははは、ガナン・マクベル軍事顧問だ。フィル・アーゲン」


 アーゲンが睨んだ先には、顎鬚を弄りながらもアーゲンへ銃口を向けた色黒の男が立って居た。向けられていたのはディーンを撃った携行用の小型銃。

 ベノムブレットという暗器に近い武器は、本来なら身体に入り込んだ弾を取り除くまで周囲のナノマシンを狂わせる厄介なものだったが、アーゲンにその機能は通じないのでただの銃だった。


 堂々と身を晒したアーゲンに相対するのは髭の男、ガナンと兵士たち。左右に二人ずつの計4名の兵士は膝立ちでライフルを構え安定させていて、その狙いは当然アーゲンだ。


「それで。どうやってここまで来たかは知らんが、たった一人で何しに来やがった」

「お前を止めに来た。事ここに至れば、キーであるお前を止めれば、レガシーに頼った空間兵器とやらもおしまいなんだろう?」

「ほう。どうして俺がキーだと思う?」

「お前は詳し過ぎだ。グビアという組織が秘密の力を手にしたとして、一介の軍事顧問にそこまで教えるか。現場指揮をとっていただけの捕まった男を解放し、再び現場に戻すか。その男がミシェルというレガシー確保の指揮を任されるのか」


「ふははは、まぁ良いだろう。ナーベルでは危うかったが、あれのおかげでキー喪失を怖れて上も俺に機能を戻してくれた。その点は感謝してるさ」

「なんだ取り上げられていたのか」

「委託なんて機能さえなけりゃ最高だったんだがな。なにせキー入手時は若く馬鹿だった。お前らは、うまくやったもんだがな」

「今回は、うまいこと自分の力にしたかったってわけか。もしかしてグビア本部はミシェルの存在すら知らないんじゃないか?」


 アーゲンが周囲を、屋敷の中を見回して言う。場所は夕方過ごしたシュバーゲン宅だ。

 屋敷を警護していたニーナの部下たちは通信封鎖の間にやられたのか、襲撃の報を発することもなく壁や階段の手すりに倒れ伏している。


「良い線いってるが、流石に新たなレガシーという情報なしにここまで派手に動かんさ。だがまぁ、二重契約出来るということは教えていない」

「二重契約?」

「おうとも。キーは対象が死ぬまで外れず、命の危機には委託を解除してでも守ろうとする。普通は自意識なんてものはないからミシェルに認識させずに解体しちまえば良かったんだがな。おっと、これも秘密だった。こっちもグビアに寝首をかかれないよう必死なんでな」

「……グビア組織でどういう立場なんだお前は」

「最初はお前らと同じさ。拾い物したただの男。グビアに囲い込まれて必死に生きてるだけのしがない傭兵だ。それで、対グビア兵器のフィル・アーゲン。願わくばその素体は良い手土産になるから破壊したくねぇ。部下にもそう命令しといたとはいえ、まさか無傷とは。一体どんな絡繰りだ?」


 結局またも不殺命令が相手に出ていただけか、とアーゲンは嘆息する。その点に関してだけは敵兵士に少々同情してしまうし、そのあと区画ごと水没させられそうになったことを考えても、随分な話だった。


「さて、ただの運び屋にやられるなんて不殺命令のせいで鈍ったんじゃないか?」

「そのグリップ。ただの工具かと思ったが、何かあるな……?」

「だとしたら、どうする?」


 この男はグビア上層部を出し抜いてミシェルの力を自分のものにするつもりらしい。そのおかげで組織力の連携は取れていないと考えれば、アーゲンからすれば付け入る隙だ。

 この男がグビアに忠実で、合理的に行動していれば個人の戦闘なんてならずに首都地下ごと破壊されている。今回も、これまでのことから人質を取るだろうと読むことでアーゲンは間に合ったのだ。


 首都機能、例の回廊を用いミシェルの力で封鎖を無視しての空間跳躍。兵士たちは間に合わなかったが、ヴェレンとこちらのミシェルが確保されるのだけは防ぐことが出来た。そして今、アーゲンが囮となっている。


『アーゲンさん、いけます!』

「大人しくこちら側につく気はねぇよなぁ撃ち殺せ!!」


 二つの声が重なった。

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