第94話「対抗手段」

 交戦の止んだ広場にて闇夜に紛れるランの姿があった。今回の騒動自体裏の話であるため表立った、というのもおかしいがともかく表であるブリッツ部隊は警戒状態のまま広場前に陣取っている。


 敵の人質作戦によって連邦側は沈黙状態となっていた。状況はグビアがその気になればもう終わり、後の事後処理で大変なことになるかならないかの差でしかない。

 グビア側からすれば気象管理局の事故と言うだけで、外部から確認のしようもなく内部の生き残りさえ何とかすれば良い話だった。


 連邦上層部、グビアに付きたい側は大手を振ってグビア側につく口実を得て、グビア側でなくとも首都の人員全てを失って自分も死んでしまうような大災害にするくらいなら、雌伏の時と考えて耐えようという意見が出ていることだろう。


 こういう時こそ、対外的には人間一人としか見られない自分のような工作員が何とかしなければならない、とランは考えていた。しかし、その手段が思いつかない。

 いくら脚力があっても上空にある管理局までは遠く、軌道エレベータをよじ登っていては時間がかかった。ポーターを動かせば流石に撃ち落とされるだろうし、そもそも空間兵器とはどういうものなのか。


「おい、おいラン」

「その声は、ユータス・オデオン?」

「何がどうなってやがる。ドンパチは終わったのか? もう安全なのか?」


 行動を決めかねていたランに民衆に紛れていたユータスが声をかけて来た。その問いかけ内容に、周囲がざわつく。誰だってこの不安な状況がどうなるのか知りたかった。その問いに答えられる誰かが居るのか、とランに視線が集まってしまう。


 騒ぎになりかける周囲を見て、ランはユータスの手を取ると強引にその場を抜け出した。何とか捕まえようとする手が伸びて怒号が響く。

 随伴者を庇いながらとはいえ、ランの動きを捕らえられるものはその場にいなかった。ランは広場から離れながらラインをユータスに渡し、有線へと切り替える。


『不用意な発言はお控えくださいミスターオデオン』

『んなこと言ったってしょうがねぇだろ。それで、どうなってんだ?』

『それが……』


 ランは藁にも縋る想いでユータスに状況を説明していた。敵の狙いは混乱に乗じて人質を取ることであり、状況は詰みかけている。


『まんまとしてやられたってわけか情けねぇ。本当に大丈夫なのか連邦は』

『身中の虫への対処が遅れ、レガシーによる一斉混乱。救助の名目で降りて来る相手を攻撃できない状況で取れる選択肢としては最善だったかと』


『最善やって負けちゃ意味ねぇのよお嬢ちゃん。こんな守りにくい、下手すりゃ自沈する所にしちゃ防備が弱過ぎたんだ。そもそも宇宙港付近に艦隊が突然転移してきた時点でヤバイだろ。大義名分を掲げておいて降下を隠蔽してるのだって怪しすぎるぜ。即刻撃ち落とすべきだったな』


『首都を戦場にする気ですか』

『もうなってんじゃねぇか。それに全面戦争になったとしても首都に戦艦で乗りつけて来る方が悪いに決まってる』

『あなたは何をおっしゃりたいのですかミスター。当事者が少ない情報の中下した決断を、結果を見てから批判するのは簡単でしょう。ですが今はそんなことをしている場合ではありません』


 広場を抜け出し、路地へと入ったところでランはユータスを睨んでいた。その手を離し、今にもユータスの顔を叩きそうな勢いである。とはいえ制限解除している身でそんなことをすれば相手を殺しかねないのでランは自重していた。


『おうとも。民衆なんてそんなもんよ。振り回された結果を負わされるんだ。恨み言くらい言う。それでなラン。俺たちからすりゃ死ぬくらいならグビアの統治下になる方がマシなんだよ』

『本気で言っているようですね』

『頭が変わったところで俺らは生活が大事なの。こちとらお上の方針転換で何回煮え湯を飲まされたことか。で、だ。お前は空間兵器とやらの対処がしたいと。そこで俺はその手段を提供することが出来る』


『手段が、おありなのですか……?』

『おう。だが条件がある。失敗した場合、俺に辿り着けないようにしてくれ』

『それは構いませんが。成功した場合は?』

『その場合は大いに俺を讃えて褒美を寄越せ』

『全く、あなたは強欲で立派な商人様なんですね……。ええ、良いでしょう。現状を打破する可能性があるのなら、私はそれに縋ります』

『そうこなくちゃな』


 ユータスはこんな状況だというのに大きく笑い、ランもそれを見て怒りをおさめて苦笑した。こんな状況だというのに、ユータスはその後を考えて話している。


 自分は生まれてから自身を如何に有効活用し現状に対処するのかしか考えたことがなかった。どちらかといえば自分は道具に近く、今の主人である局長の役に立つのが目的で、それしかない。それと比べて目の前の人間が如何に貪欲で、強いことか。


 ランはユータスから説明を聞きながら、自身を省みて少しは人間らしさを見習おうと考えるのだった。

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