第95話「激突」

 アーゲンがグリップを髭男、ガナンへ向け動く。その挙動と初めから警戒していたことで、ガナンは見えない切っ先を避けて横に転がるように飛んだ。


「可視化しろレガシー!」


 転がりながらガナンは、左右に居た兵士たちの銃口が自分に向いていることに気付く。グビア側のレガシーによって脅威となる線が可視化され、アーゲンのグリップと両脇の兵士たちの射線が、レーザー光線のようにガナンの視界に浮かび上がっていた。


 ミシェルの合図は兵士たちを掌握したというものであり、今現在兵士たちにはガナンが敵に見えている。キーと思わしき髭男にアクセスしなかったのは相手レガシーに勘づかれるのを避けるためだ。

 惑星ナーベルではうまくいったが、キーを炙り出すためわざとアクセスさせた可能性もある。特に今は機能が戻されたらしいから簡単にはいかないだろう。


『敵アクセス感知しました!』


 そこからは激しい攻防となった。左右から放たれる銃弾の雨に、空間にアクセスし弾道を曲げる相手と戻すミシェル。銃器自体へのアクセスと破壊行動とその対抗。

 ミシェルが優先するのはアーゲンの身とグリップの守りであり、相手の優先もガナンの守りだった。


 転がりながら携行銃で右の兵士を一人無力化したガナン。飛び交う銃弾は位相がズラされ、でたらめに飛び交っていて、その中をガナンもアーゲンも走った。


 相手は空間兵器に、ミシェルは味方の通信と別室で待機しているヴェレンや大人のミシェル、戦場のニーナたちという守る人数の多さに能力を割いている。

 その中でアーゲンとガナン両名がいかに致命的な脅威に晒されないか、その数が少なければ少ないほど同時処理の数が減ることで攻撃にレガシーの力を回すことが出来た。


 つまり処理のことを抜きにして、アーゲンとガナンはお互い如何に相手に攻撃を当て続けるか。そこが勝負の鍵を握っていた。


 ミシェルはアーゲンの後方で身を晒している。レガシーの力は惑星ナーベルで宙賊基地を観測したように、離れた位置に空間を繋げて目にすることができた。

 それでも、相手が同等のレガシーでその目の騙し合いや潰し合いに発展した場合、キーであるものの目という常時接続で守りの硬い視点こそ信頼性がある。よって、ミシェルは自分で志願してこの場に来ていた。


 どちらにせよ距離の関係ないレガシーがニーナやランを狙ってくる可能性がある以上、ミシェル自身が何処にいようと守りの手を緩めるわけにはいかない。

 相手はガナンしか守る気はないようだが、向こうは空間兵器や他のことに力を委託しているはずだ。


 ガナンから見て左手の兵士たちがセオリー通りに遮蔽物へと入る。レガシーの処理を考えれば飽和攻撃が有効だったが、敵を誤認しているだけの兵士にそこまでの思考はなかった。


 左からの攻撃が止んだ隙をガナン、およびレガシーは逃さない。即座に左手に居た兵士二名にアクセスを集中し緊急措置として意識を絶った。その指示を出しつつ、ガナンは右手最後の兵士に至近距離から携行銃を撃ち続ける。


 ミシェルの処理もこれに続くが相手が一気に増やしたアクセスに付き合うだけ無駄と判断。奪い取られるのは困るが無力化なら構わないとこれを放置し、その空いた処理数分攻撃へと回す。


 飛び込んだのはアーゲンだ。右の兵士に肉薄していたガナンを横合いから突き飛ばすかのように突進し、右のグリップを振りかざす。


 ガナンは視界に入った脅威、アーゲンのグリップに意識を集中しレガシーに対処させ、その刃をアクセスの応酬で削って行く。

 出力を弄られ、有効射程を限りなく落とされた右のグリップを囮に、アーゲンは左のグリップで斬りつけた。


 ガナンは咄嗟にそれを左腕で受け、レガシーが効果を分析。ガナンは後ろに転がってアーゲンから距離を取りつつ、左腕の繋がりを空間操作で絶っていた。


「ちぃ、そういう機能か。群れの王、とはよく言ったもんだぜ」

「一撃で見抜くとは流石レガシーってところか? だが当たったな」


 左腕を振り、動作を確かめるガナン。時間をかければレガシーの力で影響を受けたナノマシンだけ隔離やフィルタリングで血行はそのままに処理出来たが、ガナンはそうしなかった。肘から先を隔離状態にした方がレガシーの負担は軽いとの判断である。


「レガシー、やれ!」


 追撃をかけようとしていたアーゲンの前に、急に黄色い煙が吹きかけられた。予備動作のないそれに驚くも、アーゲンは横に転がり広がり続ける煙を避ける。


『アーゲンさん毒です!』

『何故いきなりそんなものが。ナノマシンでいけるか?』

『無理だと思います。吸い込んだ分はこちらで処理しますが、粒子に対応していくため処理の負担が大きめです。なるべく吸わないようにしてください!』

『って言ってもな』


 アーゲンがミシェルと通信しながらちらりと見れば、何処からともなく現れた毒ガスはどんどん広がり視界を塞いでいた。最早ガナンがどこに紛れたかもわからない。


『空間接続をこんな使い方するなんて』

『別の場所にあるガスと接続したってことか』

『何処と繋げたかまではわからないので後手ですね……』

『迫りくる銃弾を逸らすほどの力だ。距離も関係ないならいくらでも奇術の真似事ができるか』

「え、きゃぁあ!」


 最後のミシェルの言葉は通信ではなく肉声だった。アーゲンはガナンの狙いを悟り走る。目くらましをしてまでまた人質作戦とは性根が腐っている。

 いくらレガシーが強くとも、力が拮抗している状態で物理戦を持ちかけられればどうしようもなかった。キー自身に戦闘能力があれば問題ないが、ガナンと違ってミシェルにそんな能力はない。


 この勝負は初めからイリーガルな力であるレガシー、ひいてはそれを管理するキーを巡る戦いだったのだ。


 アーゲンが黄色い煙を割って最短でミシェルの元へと走る。煙の先、毒の影響で痛む目が捉えたのは、今まさにミシェルへと襲いかかるガナンの姿だった。

 銃撃は点の処理で逸らされてしまうからか、その手には近接用の大振りのナイフが握られている。


 振り上げられたナイフを見て、ミシェルは固まってしまっていた。脚に受けた傷、追い込まれて足首を撃ち抜かれた時の痛みと恐怖が浮かび上がって、その思考が止まる。

 ナイフはお互いのレガシーがアクセスし合っているせいか、映像がぶれたかのように実体が乱れていた。


「ミシェル!!」


 走るアーゲンはまだ遠い。アーゲンは判断の遅れた代償として、振り下ろされるナイフと、それが突き立てられるミシェルをただ見ているしかなかった。

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