第19話「交戦」

 階段の上にあった扉が軽く開き、拳より少し大きいくらいのボールが投げ入れられた。すぐに音もなく閉じられる扉と、上張りされた天然木材風な階段を転がってくるボールがひとつ。


 地下室はあとから居住者が造ったものなのか、地上で見られる他の建築物とは違い、陶磁器のような白いブロック工法ではなかった。高級志向なのか、天然木材風な上張りを随所に使っているようだ。

 そのかつて自慢だっただろう天然木材を模した床へと、ボールが音を立てて着底する。


 アーゲンは階段の下にしゃがみ込み、その様子を静かに見ていた。アーゲンの見守る中ボールは転がり、弧を描くように部屋の中心へと進んでから赤い光を放つ。

 一瞬にして部屋全体を走査した赤い光はすぐに消え、点滅信号へと変わった。アーゲンを発見したボールは、突入しようとする男たちに情報を送っているはずだ。


 手筈通りミシェルが妨害していればその情報は伝わらない。戦闘状態に入った彼らは無駄な通信を切っているはずだから、自分たちが妨害されていることにはしばらく気づかないだろう。


 圧倒的な情報戦ができる電子母艦のない状況では、通信はすればするほど自分たちの居場所やアクセスポイントの情報源となってしまう。だから歩兵はアーゲンたちが有線に切り替えたように、情報を絞る。

 今回なら敵がいれば通知を送るが、居なければ敵に信号を探知されないよう沈黙するのがセオリーだった。


 数秒して静かに男たちは入ってきた。通知がなかったというのに油断はしないのだからアーゲンとしては困ったものだったが、だからこそ行動の先を読むことも出来る。


 階段を軋ませながら降りてくる人数は一人。先ほどの例から考えて、一人は外の警戒だろうから、もう一人は階段の上で銃を構えているのだろう。アーゲンは飛び出す準備をして、両手に一つずつ持ったグリップとラインを握りなおした。


 階段を降りて来た一人が床に両足を降ろした瞬間、アーゲンは握り込んでいたグリップとラインを一気に引き込んだ。限界まで伸ばし、輪にしたラインを隠しておいたのだ。


 ラインに両足をとられた男は倒れ込みながらも身を捻り、銃を階段側へ向けようとしていたが、それよりもアーゲンが早い。

 グリップを向けナノマシン調整用の信号を飛ばしながら、脚を掴んで男を階段下へと引っ張り込んだ。一番下の段、踏面が銃身に当たって弾き飛ぶ。


 男は信号による体内からの衝撃に怯んだものの、階段に当たって跳ね上がっていた銃を構えなおそうと動く。アーゲンはそれを許さず銃を蹴り飛ばし、返す足で男の鳩尾を踏みつけた。

 体重をかけられた一撃に男は悶絶。アーゲンはその隙に男を抑え込み、首筋へグリップを当てていた。無防備な男のレセプターへ、出力調整されたナノマシンが流れ込む。


 ナノマシン程度でレセプターのセキュリティをどうこうすることは出来ないが、それでも大量の出力に晒せば、その過負荷に神経は耐えられない。引き込まれた男は仲間へ警告を発することもできずに気を失った。


「なんだ!? おい、大丈夫か!!」


 階段上の男は突然の出来事に銃を構えてはいたが、味方が引き込まれた以上階段ごと撃ち抜くわけにもいかなかった。アーゲンの姿を見ていない男は、味方を引き込んだものが植物の可能性もあると考え、助けを呼ぶべきかどうかを迷っていた。


 アーゲンは上の男が決断する前にと、気絶した男を壁へと寄せて手早く装備を漁る。特にアーマーのようなものは着込んでいなかったが、胸元をはだけさせて驚いた。心臓の付近に信号や電波から心肺機能を保護する防護機が貼りつけられていた。


 直径10cm程で灰色の円盤のような形をしているそれは、付近への電波や信号での攻撃を回避させるものだった。本来はペースメーカーを守るためのものだが、一部の軍人は小型マシンからの奇襲を防ぐため着用していることがある。


 アーゲンはそれを見て、腰袋の調整機を弄ってグリップの出力を弄った。速効性はなくなるが、ナノマシンには血中移動で心臓にたどり着いてから悪さをしてもらおう。アーゲンは調整が終わると、左のグリップを上に向け、階段越しに男へと信号を放った。


「う、ぐ……。なん、だ?」


 タイミングを計り、うめき声がしたと同時に飛び出して階段を駆け上がる。階段の上では男が胸を押さえよろめいていたが、こちらを見て驚くと歯を食いしばりながらも銃を向けようとしてきていた。


 アーゲンは左のグリップを投げつけるようにしてその銃身へラインを巻き付け、外側である室内中心部側へ引き下げるように引っ張って妨害。不意に引っ張られたことで男は階段へ転倒しないようたたらを踏んだ。


 そのまま駆け上がってくるアーゲンに、男は銃を放してサブウェポンである小型銃器を取り出そうとするが、間に合わないと判断。すぐさま腰のナイフへと手を伸ばしながら階段の上で迎え撃つ姿勢をみせた。

 味方への合流よりも階段上の優位を維持して撃退することを選んだようだが、戦闘によって警告信号を味方に出しているからこその行動だろう。だが男はその警告信号が仲間に届いていないのを知らない。


 男としては時間を稼いで味方が来るのを待てばいいだけのつもりだろうが、アーゲンは格闘に付き合うつもりはなかった。右のグリップを向けて再び男の体内ナノマシンに信号を送る。


「連続で、だと……!?」


 男は驚愕し、青い顔で歯を食いしばったが二度目のそれには耐えられず片膝をついた。

 ナノマシンへの干渉、騙し討ちは白兵戦で有用なものの、一度外部から干渉されるとパターンを変えて命令を受け付けない仕組みをとっていた。その解読は瞬時に行えるものではないし、本人のレセプターにしかわからない。


 そのため一般的には一度きりの奇襲用であり、対策も防護機の着用と単独行動しないことで済んでしまうことから、攻撃手段として研究がなされていない。

 アーゲンはその研究を進め、独自に一発目へ暗号化のパターン付けを含ませることで、限定的ながらも連続使用を可能としているのだった。


 アーゲンは男が復帰する前に近づき、下の男にしたように首筋に高出力のナノマシンを吹き付けて無力化する。これで残りは外の男だけだ。

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