第20話「脅威」

「凄い。凄いですねアーゲンさん!」

「いやミシェル落ち着いてくれ」


 表を警戒していた男も後ろからの襲撃で難なく気絶させたアーゲンは、そのまま三人を地下室へと集め、ミシェルにワイヤーを生成させて縛りつけていた。装備も検分して、おおよその宙賊たちの装備を把握している。


「驚きました。ふらついていたっていうから正直不安だったんですけど、私見直しちゃいました。最初は私の服をめくっていたし、ただの変態だと思ったのに!」

「変態って。とにかく落ち着いてくれミシェル。あまり大声を出すとまた見つかりかねない」

「それは、大丈夫だと思います。言われた通り演算中、みたいですし」


 アーゲンは興奮するミシェルに男たちのクラッキングを頼もうかと思案したが、結局やめることにした。多分頼めば簡単に出来てしまうのだろうけれど、それはそれで良くない気がしたのだ。


「自分で演算中なのが自覚できないというのも怖いが、ここの電子妨害も平行できるのか? それがどのくらい負担になるとかは?」

「たいした負担じゃないみたいなので、多分いけると思います」

「ミシェル、俺よりお前の方が凄いよ。さっきの戦闘だって、妨害していなければすぐに情報共有されていたところだ。とにかく、俺たちはポッドへ向かおう」


 アーゲンは結局撃たなかった消音器つきの銃を担ぎ、階段をのぼる。その後ろに再びラインで繋がったミシェルが続いた。その手にもうグリップはなかった。


『あの、アーゲンさん。グリップは……?』

『あいつら防護機をつけててな。瞬時に麻痺らせるのは無理だった。それにミシェルのレーダーは強力だから不意打ちを受けることもないだろう』

『あ、そうですか。それなら良かった、のかな?』


 不安そうに身体の前で手をもじもじとさせるミシェルだったがアーゲンは外を警戒していて気づかなかった。一応視界に出る地図に敵影はなかったものの、レーダーや情報戦が発達したからこそ、そういった痕跡にならない目視が脅威だった。ただの望遠鏡は感知のしようがないのだ。


 そうやって警戒しながら進んだものの、二人は特にこれといった障害もなく広場の中心に辿り着いていた。地図上でポッド周辺に敵影はない。


『良かった。周りに誰も居ないみたいですし、作戦通りに行けそうですね』

『油断はするなよミシェル。いくら強力なレーダーを持っていても、いつだって例外は警戒しておくように。どんなに強固なマシンだろうと、高度だからこそアナログな手法に足元をすくわれるもんだ』


 広場へと繋がる路地裏から、背の高い居住区を密かに観察していたアーゲンは、そのうちのひとつ、壁が崩されて内部を晒していた一棟に目を留めた。


『なんだ、あれは。どうしてあんなものがここに』

『え、どれですか?』


 アーゲンの視界の先、まるで建物の中に隠すかのように、その砲座はあった。おおよそ軍事用の主砲とは思えないオレンジのカラーリングで、太く短い砲身が見て取れる。臼砲のようにずんぐりむっくりな外見は5~6mも幅があり、横にはハンドルがついていて制限下では人力で回して向きを変えるようになっていた。


『なんですか、あれ』

『重力砲だ。対象を重力の檻で抑え込む対艦砲だな。どんな電子機器も重力、つまり空間を曲げられたらどうしようもない。その差を計算しても、出力を上げなければ檻の突破はできないし、観測の目も歪むから対応するのが難しい。攻撃側は対応し切る前に通常兵器で封じた相手を叩く』

『ニーナさん、大丈夫でしょうか』

『まずいな。重力砲は艦隊の重力場に反応して発動するから、艦やブリッツのように力場を利用した兵器への最適解だ。ミシェル、急いでポッドを取り戻そう』


 二人は周囲を警戒しながらポッドへと進み、そのハッチへと張り付いた。小さな宇宙船といった感じの四角いポッドは大型のバスのようなシンプルな外見をしており、その脇にあるハッチにはこじ開けようとしたのか工具や機器が繋がれている。

 アーゲンはそれらを外し、ミシェルにチェックをするよう促した。


『平行してニーナへ連絡は入れられないか? 重力砲の射程に入らないよう立ち回ってもらおう。出来れば重力砲の位置を教えて破壊してもらわないと、俺らもポッドで脱出ができない』

『……、ダメです。応答がありません。あの、妨害しても撃たれちゃうんでしょうか』

『戦闘中か。ああ、だからこそ厄介なんだ。あれは重量場を利用している艦隊やブリッツのような大型兵器へのカウンターみたいなもんだからな。とにかく急ごう』


 重力砲は電子戦に対するジョーカーのような手として開発されたものだった。いつまでも情報戦をしていてお互いが決定打を与えられず、延々と戦闘が続いても良いことはない。むしろ経済的負担は増すだけだったので、その打開策の一つとして造られたのが重力砲だった。


 強力な兵器ほど重力場を有して機動力を保っているため、電子戦関係なく重力場に反応して捉える空間兵器のようなものは画期的だった。とはいえ使用できる場面が限定的で射程も短くコストも高いため、そうそう見るような兵器ではない。だからニーナも警戒していないだろう。


『ポッドの権利取り戻しました。どうします……?』

『ミシェルは中に入って隠れていてくれ。何かあったらロックを。それと例の演算とニーナへの警告を続けて欲しい』

『アーゲンさんは?』

『俺はあれを何とかしないと。ポッドも少なからず重力場を使うから、このままじゃ俺たち全員だ』


 開いたハッチにミシェルを押し込み、アーゲンはラインに手をかける。その顔は緊張が走り、知らずミシェルからすれば怖い顔となっていた。


『ま、待ってください。私、全力でサポートしますから。出来ますから』

『ああ、頼りにしてるさ。だから、安心して待っていてくれ』


 アーゲンはラインを抜いてミシェルへと放ってからハッチを閉めた。優しい言葉だった。ミシェルが居なければ通信すらできないというのに。

 ミシェルはついていきたかったが、身体がそれを恐れてしまっていた。


 目が覚めてから正直、どこか夢物語のようで実感がなかったミシェルは、怖れながらもこれまで「何とかしてもらえる」と楽観視していた自分を知った。

 よくわからない惑星で目覚め、記憶も曖昧で、そして自分には周りが驚くような特殊能力が備わっているだなんて、そんなお話のような事態がそう思わせていたのだろうか。意識をすれば出来ることが自分でも驚くくらい多彩で万能だったから。


 でも、その興奮はアーゲンの緊張した面持ちを見て一気に冷めてしまった。ああ、アーゲンさんは死ぬかもしれないんだ、と。


 そう思った途端、ナビの記録だろうか。アーゲンとの日々が一気に引き出され、何も言わずにはいられなかった。自分がナビをどうにかしなければ、きっと今もナビがそばに在って、彼が死なないようサポート出来ていただろう。


 だから、ミシェルは必死に自分に問いかけた。一体何が出来て、何が出来ないのかを。あの重力砲とかいう代物を、自分なら何とかできるのではないかと。この力を、使いこなさなければならない。今すぐに。

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