第21話「対戦車戦」

 ニーナは戦車が体勢を立て直す前に、兵器同士の戦闘においては肉薄と言っても良い数百mの距離まで近づいていた。

 本来なら囮であるニーナがここまで近づく必要もないのだが、仲間がいると知られている以上、叩ける時に退いては囮と露見しかねないという判断だった。要するにニーナが逃げに徹せられないほど、敵が弱かったのである。


 データの通り、重厚な装甲を誇った敵戦車はたいした損傷もなく四車線ある道路に跨るように待ち構えていた。灰色の都市迷彩が施された戦車は斜めに車体を停め、こちらの攻撃に対して装甲厚を増している。

 こちらを認めた戦車はすぐさま主砲を旋回し、図体に見合わない機敏さで照準を合わせて来た。


「そう簡単には当たらないわよ」


 ニーナは欺瞞情報を前後にズラすように出しつつ、建物の裏を走る。そのブリッツを追うように、戦車の砲塔は勢いよく旋回しながら続けざまの射撃を行った。

 建物ごしの射撃はまるで間に何もないかのように全てを貫いて行くが、ニーナの操るブリッツには当たらない。


 ブリッツの位置が変われば、それに合わせて車体も旋回させ、常にブリッツへ斜めになるよう角度を保っている。ニーナは試しに右に徹甲弾を詰めて、建物の隙間を通るタイミングで射撃をしてみることにした。


 小さな隙間を縫うように、そこを通る時だけ機体を半回転させ右腕で射撃。結果を見ることなくもう半回転させて元の機動へ戻る。

 放たれた弾丸は戦車の側面に弾かれ、くぐもった衝撃音と共に明後日の方向へと飛んで行った。


「やっぱり硬いわね。算出、旋回速度から見て回り込む難易度はっと」


 ニーナの声に反応し、ブリッツはすぐに試算結果を表示していた。難易度はA判定。旋回速度と建物を縫うような周回では勝負にならないようだ。その結果を見て、ニーナは左に榴弾を三発生成するよう指示を出す。

 そろそろ相手もこちらの走行や欺瞞情報のパターン解析をしてくるから潮時だろう。


 ブリッツは次の曲がり角で敵へ近づく機動を取り、そのまま仰角、つまり上へ向けて榴弾を発射した。かなりの近距離だが山なりに戦車を狙う。放った三発が上空へと消え、その間にブリッツは更に戦車へと近づいた。


 戦車が角から出て来るだろうブリッツに狙いを向けたところで、空から先の3発が落ちて来た。右、左と戦車の側面に落下してから炸裂する榴弾だったが、戦車の分厚い装甲に影響は与えられない。熱量で中身を焼くわけでもなく、三発目は戦車の前方あたりへ落ちる軌道をとっていた。

 戦車は先の二発から影響された内部の上昇温度を計算し、脅威ではないと判断していたので動かない。しかし、その三発目で事態は動いた。


 三発目の着弾と同時に、戦車の陣取った地面が崩壊したのだ。もともと重量に難ありな兵器だ。その地面にかける負担も、重力場を用いたとしても相当なものだろうと踏んでいた。

 そこでニーナは先ほどから走っている路面の強度計算を行って、計画的に地面を削ったのだった。


 その狙っていたタイミングを逃すはずもなく、ブリッツは前進。切り込むようなコース取りで戦車へと肉薄しつつ側面へと回り込む。

 戦車は崩落した地面によって車体が陥没した方向へと傾いていたが、音を立てて履帯を回転させ超信地旋回、その場旋回を試みる。崩れた砂礫を猛烈な勢いでまき散らしながら、泥にハマった車のように履帯を回し、砲塔は砲塔でブリッツを急速に追った。


「遅い遅い!」


 ブリッツは戦車後部へと回り込み、その右腕を計算上貫通できる箇所、砲塔の付け根へ向けていた。間髪入れず放たれる徹甲弾。

 超至近距離から撃たれた弾丸は一気に砲塔リングへと食い込むと、金属部をえぐりながら戦車内部へと進んでいった。


 その衝撃で砲塔旋回は停止し、車体はどうにか砂礫となった地面で旋回を開始していたが。その車体旋回が間に合う前に、戦車はボンッという破裂音をあげて、ハッチや主砲から黒い煙を吐き出して動きを止めた。


「ふぅ、それにしても手応えがないわね。戦車のくせに随伴歩兵も居ないし。あれ、通信?」

『ニーナさん! ああ、良かった繋がった』

「どうしたのミシェル。そっちはうまくいった?」

『ポッドは確保しましたけど、それどころじゃなくて。重力砲が! ニーナさん離れてください。あれがある限り脱出もできないってアーゲンさんが』

「重力砲!? 確かなの?」


 聞いた途端、ニーナはブリッツを反転させ砦から距離を取ろうと走らせた。嫌な予感がする。戦車が孤立していたのが気がかりだ。囮になっていたのはあちらも同じなのかもしれない。


「それでフィルは?」

『どうにかするって一人で。一人で行っちゃって。私どうすれば』

「落ち着いて、安全圏まで退避したら――」


 そこでミシェルとの通信は途絶えた。そしてブリッツも、さきほどの戦車の末路のように、がくりと地面へと沈みこんでいた。

速度の勢いのまま地面へと投げ出され、削るように路面へめり込んだブリッツ。緩和装置があるとはいえニーナにも相当な衝撃が加わった。


「くそ、遅かったみたいね……」


 ブリッツの姿勢に関わらず、水平に内部が保たれるはずの搭乗スペースが真横に傾いていた。内部は真っ赤な警告を示していくつもの計器が点滅している。

 身体に問題はなかったが、重力場が暴走し、センサー類が全滅しているのがわかった。このままでは安全装置を突破されて強烈な重力で自分は潰されるだろう、とニーナは冷静に考える。


 そのバイザーに示された光学装置、要するに緊急時用の目視窓の映像に、何人もの男たちが出て来るのが映っていた。その手には対装甲のロケットやミサイルが見える。

 重力場に歪んだ視界で、男たちがニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていたのがわかった。はじめから戦車は囮だったのだ。囮役として攻められる時は攻める姿勢を見せなければと出張ったが、もっと冷静に見るべきだった。


 たかが宙賊と舐めていた部分もあったが、それにしてもまさか重力砲なんて代物を持ち出すとは。


「最悪ね、本当」

 ニーナは知らず唇を噛んでいた。

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