第22話「チェックメイト」
「間に合わなかったか……!」
アーゲンが建物へと侵入し、どうにか重力砲を前にしたところで、それは発動していた。
歪んだ視界の先、重力砲は鈍い光を放ちながら内部が回転しているようだった。発動したということは、ニーナのブリッツが捉えられたということだろう。
こうなる前に近づいて操作盤を弄りたかったが、発動してしまった以上事前に登録された人物しかこの重力場を抜けることはできない。
唖然と重力砲を見上げていたアーゲンだったが、短く連続した炸裂音と、壁に穿たれていく銃痕を前に倒れ込むように瓦礫へと身を隠した。広場に戻ってきた宙賊がアーゲンを見つけて発砲したのだ。
ナビもなく事前に知れなかったアーゲンは危うく撃ち殺されるところだった。重力場が近くにあったから軌道が曲がったのだろう。それがなければ今頃死んでいた。
広場から怒号と、こちらを撃ち続ける射撃音が響く。このままではまずい。相手の小銃に瓦礫も何時までもは持たないだろうし、換装で榴弾を撃たれたら一巻の終わりだ。咄嗟に倒れ込んだだけだから敵が何人かすらわからない。
どうする。重力場のおかげで助かったんだから移動は危険か? ミシェルが居る以上完全には捕捉されていないとは思うが、どう動くのが正解か。自分の持つ戦闘経験はなんて言っている? さっきはうまくいったが、今度はどうだ? 格好つけないでミシェルを連れてくれば良かったか?
混乱する頭でアーゲンは考えがまとまらずにいた。ミシェルは、やっぱり連れてこなくて正解だ。目の前で彼女が撃ち殺されるようなことがあったら、それこそ後悔してもしたりなかっただろう。たとえ身体が愛玩機体なのだとしてもだ。
そう考えた途端、自分の思考がクリアになっていくのをアーゲンは感じていた。そうか、フィリップ・アーゲン。あんたはその志で立ち上がっていたのか。
敵は広場から銃撃を続けてこちらの足を止めている。それはつまり、次の攻撃のための準備だ。その間自分を移動させないことを目的としている。なら今は動こう。
この間に別動隊が側面を取りに動いているのか、榴弾の準備をしているのかはわからなかったが、重力砲の後ろに回って一旦捕捉から逃れなければならない。
アーゲンは懐から、先ほど拾った探知機、地下室で先んじて転がされていたボールを取り出し、瓦礫の裏から表側へと放り投げた。銃撃はその一瞬を逃さず確実に飛び出して来たものを撃ち抜く。
おそろしい精度の射撃だったが、今はそれが救いだった。撃ち抜かれたボールは爆発し、黒い煙を瞬時に充満させた。その隙にアーゲンは飛び出して、転がるように重力砲の裏へと回り込む。
裏に入り込んだところで射撃音は止んでいた。重力砲の電磁音の中、アーゲンはついに消音器がついた銃器を構えていた。流石に何人も居る状況ではグリップで制圧するのは無理だから、人を殺す覚悟を決めなければならない。
ストックを肩に当て、グリップを何度も握り直し気持ちを整える。アーゲンは耳を澄ませて、次に来る敵をどうにか捉えようと集中していた。
後ろは壁で、正面は重力砲。左右はそれぞれ別の部屋への出入り口がある。流石に広場側から遮蔽物なしのまま突っ込んでは来ないだろうから、来るとしたら左右のどちらかだ。
先ほどまでアーゲンが居たのは向かって左手の瓦礫の裏だから、来るならそちらだろうとアーゲンは銃口を向けた。別動隊がいるとしたら、アーゲンが瓦礫裏から移動する前に動いているのだから、間違いはないはずだ。アーゲンは自分に言い聞かせ、乾いた喉で生唾を飲み込んだ。
ナビのアンプルで調整したナノマシンが水分を循環させているから、トイレの心配はしばらくない。水分も投与されているはずだったが、それでも緊張からひりひりとした喉の渇きを覚えていた。大丈夫だとしても落ち着かなくなるのが人間というものだ。
視界の先で何かが動いた。アーゲンは迷わず発砲。注視していた出入り口脇から鏡のようなものが見えたのだ。ミシェルの電子妨害に気づいた敵は、アナログな手法で動いているようだ。アーゲンの射撃により鏡はすぐに引っ込んだが、今ので居場所は把握されてしまっていた。
「そんなところでどうする気だ! やり合うなら確実に死ぬぞ兄ちゃん!」
相手から呼びかけがあった。榴弾や手榴弾を使わないのは、おそらく重力砲への影響を考えてのことだろう。相手もわかっているのだ。重力砲に何かあればブリッツで一気に制圧されてしまうということを。だから、まだ反撃の余地はあるはずだった。
居場所はわかった。グリップを使って隙を生じさせるか? しかし一人ということはないだろうから、怯ませたとしても――。
ゴトリ、と真後ろで音がした。
アーゲンが振り向いた先に、小さな黒い球体が転がっていた。前は囮。本命はフラッシュバン……! アーゲンが気付いた時にはもう遅かった。強烈な光を放つ小さなボールと、安全装置として視界が暗転するゴーグル。
何も見えない中、どうにか銃を乱射しようとするアーゲンだったが、その首筋に冷たい金属を感じて抵抗するのをやめた。
「チェックメイトだぜ。両手をあげな」
「わ、わかった……。撃つなよ?」
両手を上げ、暗転した視界が戻ると。アーゲンは完全に囲まれている状況だった。前方から出て来たと思わしき三人は銃を構えて油断なくこちらを見ているし、後ろの男は銃口をこちらの首筋につけたままだった。
アーゲンがどう動いても同士討ちにならないよう、前方の三人は位置をズラして立っている。本当に、ただの宙賊とは思えない練度だった。
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