第23話「覚醒」
アーゲンは広場まで連れて行かれ、膝をついた状態で頭に両手を組まされていた。その後ろには銃口を向けた三人が見張っていて、装備も全て奪われている。もはや抵抗する余地はなかった。
そのアーゲンの少し前、後ろからの射撃に晒されない程度に距離を取った場所に、一人の男がやってきた。
「で、おめぇは何者だ」
「ただの運び屋だ」
黒い髭を生やした色黒の男は高圧的で、垂れた目でアーゲンを射抜くように睨んでいた。髭を弄りながら、そうかそうかと頷いてはいるが、その双眸はアーゲンから外さない。
「ただの運び屋が、なんで連邦軍になんて協力してんだ」
「連邦市民は協力義務があるんだと。断ったら撃ち殺すって脅しつきでな」
「はっ、そりゃいい。運がねぇなおめぇ」
「交戦に巻き込まれて高額なナビも壊れるし、本当に今日は厄日だよ。それで、俺はどうなるんだ?」
「質問に答えたら解放してやる」
「解放、ね。ポッドがないと空にも帰れないんだが」
アーゲンが続けようとしたところで、男は顎を動かすだけで部下へと指示を飛ばした。直後、銃声が響きアーゲンの脚が撃ち抜かれた。
強烈な痛みに呻き声をあげ、アーゲンは脚を抱えるように倒れ込んだ。貫通した弾は地面に穴を開けていたが、アーゲンの方は出血を両手で押さえてそれどころではない。
「質問だ。おめぇら何か拾ったか?」
「かっ、は。何かって、何かって何だよ……!」
「おいおい質問してんのはこっちだ。もう一発食らいたいのか?」
「何も、何も拾ってなんかねぇ……!」
「……まぁいい。ブリッツは解放すると厄介だから、おめぇの身体に聞くことにするか」
男は話は終わったとばかりにアーゲンに背を向けた。痛みを堪えながらも、アーゲンは聞かなければならないことを問いかける。震える声で叫ぶように、絞り出した声で。
「ブリッツは、どうする気だ」
「ふん。仲間が心配か? なに、ブリッツは解放できねぇから、あのまま中で潰れてもらうだけだ。心配しなくても、おめぇもすぐ会えるさ。お互い原型を留めてねぇかもしれねぇがな! はっはっはっは」
男は楽しそうに笑っていた。アーゲンにはどうすることもできない。自分の力のなさが口惜しかった。
このままではニーナも死に、ミシェルが見つかるのも時間の問題だ。それも、彼女は身体があれだから、どういう目に合うか想像に難くない。いくらミシェルが電子戦に強くとも、目の前の暴力には無力だ。
『アーゲンさん、酷い。今、今助けますからね……!』
そんな幻聴が聞こえた気がした。痛みの中で、ミシェルの声がしたのだ。ゴーグルも宙賊たちに外された以上、そんなことはあるはずがないのに。
直後、アーゲンを連れて行こうと近づいていた男二人を含め、その場に居たアーゲン以外の人間は動きを止めた。痛みに悶えていたアーゲンはすぐには気付けなかったが、連れに来た二人がいつまでもこちらに来ないので、不審に思って顔を上げて目を見張った。
目の前の二人も、周囲の者も、先ほどの髭の男も。全員が驚愕の表情で、冷や汗をかきながら固まっていたのだ。まるで時間でも止められたかのように、誰も動かない。
『全員掌握しました。宙賊全員の位置特定と身体の乗っ取りに時間がかかってしまって、ごめんなさい。私が、もっと早く出来ていれば、アーゲンさんがこんな。こんな目に』
『待て。待て待て待て。ミシェル、お前がやったのか?』
『はい。私何かできないかって一生懸命考えて』
アーゲンは言葉が出なかった。有線したわけでもなく、レセプターの権限コードすら飛び越えて、この大人数を全員同時にクラックして、揚げ句コントロールしているというのだ。到底、そんなものは兵器の域すら超えている。
ここまではまだ既存の延長で実現可能な域ではあったから、最新鋭の軍用機体か何かが巧妙に隠蔽機能も持って、対電子母艦や敵対勢力の基地侵入とか、そういった類のために生み出されたものだとアーゲンはあたりをつけていた。
しかしこれはあまりにも強力過ぎる。ここまでの力、セーフティの意味でも一個体、それも自我を持つ存在に持たせて良い力ではないだろう。
俺は何に巻き込まれているのだろうか。と、痛みも忘れてアーゲンは呆然としてしまっていたが、ふと忘れていたことを思い出した。
『はっ、呆けてる場合じゃない。ミシェル、重力砲は何とかできないか? あれをどうにかしないとニーナが潰れちまう』
『え、それがあれには手出しが出来なくて。ど、どうしよう。ニーナさん潰されちゃうんですか!?』
『まて、慌てるな。重力砲を設定した奴か発射した奴なら、あの重力場を越えて操作しに行けるはずだ。そいつを特定して動かすんだ。俺は、とりあえず止血する』
ようやくまともに頭が回せるようになったアーゲンは急いで止血に使えそうなものを探した。片足でバランスをとって跳ねるように、ひとまず目の前に居た髭の男へと近づき、その肩に手を置いて一息。
「悪いな」
未だ事態を把握できていない男は目だけでアーゲンを追っていたが、アーゲンは説明してやる義理もないと無視し、手早く男のベルトを引き抜いてその場に座り込んだ。
ベルトが外された男のズボンはずるずると落下し、広場の真ん中で下着姿を晒すという間抜けた格好になってしまっていたが、アーゲンは素知らぬ顔で傷の具合を確かめている。
銃弾は幸いにも動脈を傷つけるようなこともなく、
既に体内ナノマシンが働いているのか血の勢いも止まりかけている。あとは治りが早くなるよう穴を閉じて留めておけば良いだろう。
ナノマシンがせっせと働いているということは、熱量を持っていかれるだろうから、食事を摂った方が良いかなと考えつつ、アーゲンはベルトで傷口を覆うように縛り付けた。
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