第67話「軌道エレベータ」

 降下の手続き自体は手早く済んでいた。何のことはないニーナが強権を発動させ、ここに留まる危険性を主張したのだ。アーゲンには首都軍部や情報部で今回の件がどういう風に処理されるのかはわからなかったが、向こうもニーナが持ち帰る情報を待っているようだ。


 アーゲンたちは降下準備のため一度それぞれの船に戻っていた。船は入港ドックで格納され、あとは身一つでの降下となる。アーゲンは手荷物いくつかと、工具を共有スペースの机に広げ、腰装備の点検をしていた。


「アーゲンさんはどうするんですか?」

「ん? 俺はひとまず上司に報告だな。色々と顛末を説明しないと拘束されそうだ」

「あ、なら私も行った方が良いですよね? ナビ機能引き継いでますし」


 準備を終えたらしいミシェルは手持無沙汰なのか、アーゲンの作業を見にやって来ていた。

 ミシェルの私物はニーナから貰ったものと、いくつか生成器で作った日用品程度だったので準備も早い。たいていの物はその都度アーゲンのクレジットで造り出せるのもあって気楽な旅路だった。


 降下後は一旦それぞれの用事を済ませる話になっている。アーゲンは上司への報告や根回しを監視役のディーンと回る予定だ。その際、おそらくディーンの所用も済ませることとなる。

 ニーナは情報部への報告と調査全般。色々と敵と味方を把握しなければ危険なため、ミシェルと共に調査結果が出るまで潜伏し、一通り済ませたらミシェルの実家へ向かう予定である。


「いや、ミシェルはニーナと居てくれ。ナビは新しいのを用意するよう頼んでおいたし、気にしなくても大丈夫だ」

「え……。新しいナビ、ですか?」


 アインはユータスと共にあちこち回るらしい。ユータスの用事的にはここまでの航路案内で済んでいるので、この組み合わせだけは観光気分である。

 腰装備のグリップ動作を確かめながらそれぞれの予定を考えていたアーゲンは、ミシェルの声が沈んだことには気付かなかった。


「前のと同型ナビをな。ステーションから頼んでおいた。ま、どう引き継げるかわからんが、とりあえず俺につきっきりになる必要はないから安心してくれ。俺とニーナでミシェルの生活は守るさ。もうちょっとの辛抱だ」

「あ、はい……。そう、ですよね」


 アーゲンが作業を終え振り返ると、そこにミシェルは居なかった。首を傾げるアーゲンだったが、飽きて他のところに行ったのだろうと工具をしまう。




 降下用の軌道エレベータはピストン輸送のように休みなく働いていた。それだけ首都と宙域の行き来は多く絶え間ない。そのほとんどが人ではなく物資であり、各方面宙域から様々な原材料が集まっていた。


 宙域にある入港ドックから首都へと繋がる四本の路線と、その反対側に伸びたアンカーが軌道エレベータの本体である。路線となる巨大なパイプを通し全ては繋がっていて、その線を頼りに上下するだけの単純な構造だ。


 宙域の入港ドックから天球ドームを形成する気象管理局まで一直線で、あとは保護された大気内を行き来する飛行運航便に乗るだけで首都各地へ降りることができる。


 アーゲンたち一行は入場ゲート前で、自分たちの便が搭乗可能になるのを待っていた。

 アーゲン、ユータス、ディーン、アイン、ニーナ、ミシェルという一見どういう集まりなのかわからないメンバーではあったが、ニーナの強権が働いているのか区切られた待合室に通されての待機である。VIP待遇だ。


『それで、用事が終わったら連絡を……』

『あの』

『どうしたのミシェル』


 通信傍受対策のために有線でやりとりしていたニーナとアーゲンの通話に、ミシェルが力を使って割り込んで来ていた。もはや二人も慣れたもので、いきなりの介入に驚きもせず普通の対応だ。


 待合室の上等なアノンチェアに並んで座っていたアーゲンとニーナは、間のラインが引っ張られない程度に、ミシェルへと顔を向ける。ミシェルはユータスの持ち込んだ面白そうなガラクタや土産ものを手にしつつ、通話だけを行って来ていた。


『私、アーゲンさんについて行っても良いですか?』

『……どういうことだ?』

『どういうことも何も、そのままの意味ですけど』

『いや、ミシェルは万が一を考えてニーナの傍に居て欲しいんだが……。ニーナなら何かあった時でも守れるだろうし、調査でミシェルの力が必要になる場面もあるかもしれない』

『ううっ……』

『あら、別に良いわよミシェル』

『おいおい』


 アーゲンはニーナの顔を見返した。眉根を寄せるアーゲンに対し、ニーナは何処か楽しそうである。


『今一番狙われる可能性が高いのはフィル、あなたとディーンでしょ? 戦力に不安があるなら余計悪くない提案だと思うけど』

『ミシェルをわざわざ危険な方につかせるのはどうかと思うが。それに調査の方は大丈夫なのか?』

『私の実力に不安でも?』

『ない、が』

『なら問題ないじゃない。ミシェルがそっちなら私も気兼ねなく軍部と接触できるし』

『しかしだな』

『あーもう、うるさいわね。何処でグビアと繋がってるかわからない組織との接触についてくるより、そっちの方が万が一の対処はしやすいって言ってるの。それに、守ってやるくらい言いなさいよね。宙賊たちとやり合った時の気概はどこ行ったのよ』


 苛ついたニーナの台詞を最後に、一方的にラインは外されていた。アーゲンは呆気にとられて宙を舞うラインをキャッチし、ニーナはさっさと立ち上がってミシェルの方へと歩いて行く。どうやら、話は決まったらしい。


 アーゲンが一方的に来まったミシェル同行に固まっているうちに、便への搭乗案内アナウンスが流れ始めていた。

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