第68話「疑惑?」
「……ロリコン?」
西部方面の接続口で銀髪の女性に出迎えられたアーゲンは、開口一番あらぬ疑いをかけられていた。女性の目は、繋がれたアーゲンとミシェルの手を見てスッと細められている。
気象管理局まで降りて来たアーゲンたちは、それぞれ向かう方向が違うため一時の別れとなっていた。
ニーナは軍に顔を出すため中央方面へ向かい、アインとユータスは南部方面へ観光、そしてアーゲンたちは西部方面工業地区へと向かう手筈である。
多くの工業物資や人手は西部へ送られるため、この方面に行く人数は多い。道中キョロキョロと見回しては人ごみに紛れそうになるミシェルが危ないと、アーゲンは手を貸していたのだ。
同僚から絶対にからかわれると思っていたからこそミシェルの同行を渋ったというのに、ものの見事に目撃されているのだから、アーゲンとしてはとんだ失敗である。同僚の視線が痛かった。
今アーゲンたちの居る気象管理局は、軌道エレベータから各地への中継地点となる大きな施設である。中心を貫くように通った四本の路線を軸に、古典玩具の独楽のような形状をしており、下部が上下運航のための施設で、上部が天球ドーム管理施設となっていた。
便宜上全体を気象管理局と呼んでいるが、首都の天候や大気を操り、有害物質などの排除を行っている部分と上下運航部分は切り離されている。
空中に巨大な施設を維持するのは大変であり、管理や運営の一本化のため軌道エレベータの構造と連なっているというだけで、その実態は第四ステーションよりも入場制限が厳しい構造だ。
ただでさえ厳しい上下運航のチェックに加え、そこから一般が立ち入らない区域を抜けて気象管理部分への入域監視がなされる配置で物理的な侵入も難しい。
交通路かつ生活基盤の心臓部となればテロの標的になりやすいという理由もあって、そこだけでなく人々の行き交う、この上下運航部分も首都警備の電子戦がもろに生きている場所だった。
そんな首都でも有数の安全地帯にて、アーゲンは目の前の同僚ランに犯罪者認定されそうな目を向けられているわけだ。少し短めの銀髪の下で、細められたランの半眼がアーゲンを睨んでいる。
第二の生を圧縮電脳の世界で送る、歴戦の精鋭監視員が見ているような場所で変な冗談は止めて欲しかった。
あちらはこちらの何倍も速い体感時間で処理しているのだから、下手な冗談も“冗談でした”と言うまでの間に行動されかねない。子供ならともかく、大人なら紛らわしい行動をした時点で自己責任なのだ。
「ロリ……、もうそんな歳じゃありませんけど」
「あー、ミシェル。こっちの女性が俺の同僚、ランだ。ラン、この子が俺の臨時ナビを引き継いでくれているミシェル・シュバーゲン。あっちの渋いのがディーン・フィポッドという第四ステーションの憲兵隊員で、俺の監視役だ」
アーゲンがどう返そうかと悩んでいると、ミシェルが何故だかムッとした顔で前に出て来たため、間を取り持ってそれぞれの紹介へと入ることができた。
「フィル、こんないたいけな少女にナビ機能を引き継がせたんですね。あなたとは長年の付き合いでしたが、まさかそんな趣味をお持ちだなんて。把握できず誠に申し訳ありませんでした。……このボディ、もう少し小さくした方がお好みですか?」
「おいラン、そりゃいくらなんでもミシェルに失礼だろ。お前の冗談に慣れてる俺ならともかく、初対面の相手にはやめろ」
「それもそうですね。久しぶりにあなたの顔を見られて、ついおふざけが過ぎました。ミシェル・シュバーゲン様、どうかお許しを」
言うなりミシェルに対し深々とお辞儀をするラン。その様子にミシェルは驚いて、慌てて手を振った。
「あ、そんな様付けなんてやめてください」
「はい。やめます」
「え? あの……。ええっと、ランさん? ミシェル・シュバーゲンです。よろしくお願いします」
「はい。同僚のフィルがご迷惑をおかけしたようで。ここまでのご同行ありがとうございました」
「いやラン。二人は一緒に来るぞ」
アーゲンの言葉にランは固まってしまう。首を傾げ、何を言っているのだろうというような不思議そうな顔でアーゲンを見返し、アーゲンが表情ひとつ変えないのを見て眉根を寄せた。
「フィル、本気で言っているようですがその意味をご理解ください。どうか考え直しを」
「説明というかそれを含めて報告しないとならないんだよ。こっちの二人が重要参考人って奴だ」
「……わかりました。では一度場所を移しましょう」
ランは言うなりアーゲンたちに背を向けていた。その足が向けられた先は、西部方面へと向かう定期便、その搭乗口ではない。
一体どこへ向かうのか、アーゲンは同僚ランの行動に疑問は持ったが、信頼しているのかすぐにミシェルとディーンに頷いて見せ、あとを追った。
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