第69話「能力テスト?」

 向かった先は個人発着場だった。一般の定期便ではなく一部の上層階級が使うような小型の飛行便や気象管理に関わる人間がやってくる発着場である。

 個人所有が許されていない飛行便はどれも企業や派閥のロゴが刻印されていて、長方形の移動する待合室のようなそれはお互いに連結し、発着場の壁に沿って停められていた。


 ランに引き連れられた一行が発着場に近づくと、その群れの中から一台の飛行便が反応し、周囲に連結してボックスとなっていた一群が自動的に位置をずらしていく。譲られた道を通って出て来た飛行便は何の刻印もなく、輝くような白さを誇った一台だった。


「どうぞお乗りください」

「こんなものまで引っ張り出して来てたのか」


 側面がスライドし、室内へと入って行く一行。中は備え付けられた白革風アノンのソファに、真ん中がテーブルとなっていて、マジックミラーで外の景色が一望できる一室だ。運転部分は前部と下部に入り込んでいて、基本的には自動で目的地まで運んでくれる。


 その室内にさっさと入ったアーゲン、続いてずっと大口を開けているミシェルと、沈黙を貫いているディーンが入り、最後にランが入ってから扉は閉められた。ちょっとした浮遊感をあとに飛行便はどこかへと飛び始める。


「秘匿回線ですら伝えられない事情を抱え、長年の付き合いであるナビまで失ったとあってはこちらも構えざるを得ませんよ、フィル。それだけの事があったのでしょう?」


 アーゲン、ミシェル、ディーンの対面に座ったランはそう言ってじっとミシェルを見つめていた。

 見つめられたミシェルは身じろぎしてしまうが、ランという相手に何をどこまで言って良いのか自分では判断がつかないので、つい隣のアーゲンに助けを求めてしまう。


「お察しの通り、今回の中心はおそらくこのミシェルだ。彼女は俺のナビを取り込んだうえ常識外れの電子能力を持っていて、かつその力の根拠はステーションの検査でも判明せず本人も把握していない」

「常識外れ、ですか?」


 テーブルの上部が盛り上がるように成形され、人数分のガラス製コップがまるで生えて来たかのように、それぞれの前に現れた。液体であるガラスをコントロールし、成形するという生成機の演出である。


「えっと、あれ。コップが取れませんよ?」

「ああ、ミシェル。テーブル下のモニタで選べば好きな飲み物が出て来るぞ」

「え、どこから?」

「ほら、見てろ」


 アーゲンがテーブル下部のモニタを操作し珈琲を選べば、テーブルの内部を通って黒い部分がやってきて、コップ下部に到達した途端、湧き上がるように注がれていった。


「わぁ、どうなっているんでしょう?」

「ガラスを液体金属みたいなものだと考えればわかりやすいか? その密閉された中を比重の違う液体を通して運んでいるイメージかな。あとは成型されたコップまで運んで、注ぎ終えたらコップ下部が切り離されて完成だ」


 金持ち道楽的な演出にこれまで縁がなかったミシェルは素直に驚き、嬉しそうにジュースを選んでいる。その輝く目を見て、ランはまたも首を傾げてしまった。


「失礼ながらフィル。私には、何処にでもいる幼い子供とそう変わらないように思うのですが」

「む。だから子供じゃないですってば……」

「確かにミシェル・シュバーゲンの年齢を参照する限りその通りではありますが、その。見た限りにおいて、ミシェル。あなたに特殊性は見当たりません」

「ステーションの検査でも出ないんだ。お前の眼でわかれば苦労しないさ」

「しかしそれでは……」


 じっと上から下まで見られて落ち着かないミシェルは縮こまって両手で包むようにコップを抱え込み、ちびちびとジュースを飲んでいる。その体勢から上目遣いでチラチラとランを見るものだから、余計大人っぽさなど皆無だった。


 どうしたものか、とランは窓の外を見る。乱立する高層建造物の合間を抜けるコースは中央区に近く、肉眼では見えないが定められたルート上を飛行便は飛んでいた。

 視界の先に惑星デアナの姿は見えない。ガス状の様子が見えるほどの位置では自沈してしまうからだが、上がってくる光は緩和され首都の建造物の向こう、地平線に薄らと見ることができた。


 予定では中央を回って東の居住区を通り、時計回りに南の歓楽街、西の工業区と一周することになっている。それまでにミシェルとディーンを自分たちの勤め先へ連れて行く理由があるのかどうか、ランは判断しなければならなかった。


「それでは、その電子能力を見せて頂いても?」

「え、それは良いですけど……」

「では、私のパーソナルデータを読み取ってみて頂きます。その情報精度と深度によって判断させて頂きます」

「わかりました。ええっと、良いんでしょうか」

「ミシェル、ほどほどにな」


 不安そうにアーゲンを見るミシェルに、アーゲンは頷いて見せた。ミシェルの不安は、どこまで暴露してしまっても良いのかというものだったが、ランにはその態度がうまくやれるのかどうかの不安にしか見えない。

 そのせいもあってか、自然ランの態度はお手並み拝見という上からのものになってしまっていた。


 ミシェルはそれを感じ取り、ちょっとした悪戯心がもたげてしまう。ひとつ咳ばらいをし、本当は集中する必要もないのだが、目を瞑ってそれらしい演出までしてみせていた。気分は占い師だ。


「ええっと、ランさん。名前はコード番号ですね。なるほど、その愛称はアーゲンさんに貰ったんですか……。あ、毎日日記をつけているんですね。紙製品趣味? 意外と可愛い丸文字です」

「ふぇ……?」

「アンデッカーでもインスタントでもないんでしょうか。でも構成的にはアンデッカー寄り? プロトタイプ? ええっとスリーサイズは任意なんですね羨ましい」

「わ、わ……!」


 思わずと言った感じにランは立ち上がりかけていた。アーゲンは同僚の取り乱す姿を見るのも初めてだったし、紙の日記を書く趣味があったというのも驚きである。


「わかりました! ミシェル・シュバーゲン、あなたの能力は大いに認めます! で、ですからそれ以上は結構です!!」


 ランの大声が室内に響いていた。アーゲンは小声でやり過ぎだ、とミシェルを肘で小突き、ディーンは口角をあげたまま少しだけ首を振っている。ミシェルは片目を開けてちょっとだけ舌を出しているので完全に確信犯であった。


 ともあれ、結果的にランはミシェルの能力とアーゲンの言い分を認め、少し赤みのさした顔で飛行便のルート取りを変更していく。

 ここからはこれからのことを話す時間だった。

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