第70話「観光」

 惑星デアナ首都アディア南部は歓楽街というイメージが強く、対外的にも外貨を稼ぐため大いに盛り上げられている場所だった。

 商業区として東の居住区と接する方面は庶民的なサービスが多いが、南西に向かえば派手で豪華な娯楽施設や宿泊施設が立ち並んでいる。


 首都に観光としてやってくる多くの人々の目当てはそこであり、気象管理局から直行便があるほどだ。そして、今まさにそんな観光客となったユータスとアインの二人が現地へと到着していた。


「いやー、すごいっすねぇ! 空が高いっす」

「おいおいアイン、田舎者丸出しじゃねーか。恥ずかしい奴だなぁ。ま、気持ちはわかるけどな!」


 直行便の発着場は中心に噴水のある大きな広場となっており、降り立った人々が目当ての観光地やその接続便へと散って行く。

 そんな広場は地上を運送するタイプの箱がいくつも並んでいるだけの停留所なのだが、玄関口として遜色のないよう配慮されていた。


 正面には光を反射しながらなだらかなカーブを描く流線型の建造物があり、壁面に立体ホログラムでいくつものキューブが浮き沈みしながら宣伝や映像演出を見せている。

 噴水もただの噴水ではなく、水と流体ガラスを組み合わせた流動的な演目を常時行っており、飛沫や波、霧、固体と瞬時に状態を変えていた。


 それらを見て興奮しているアインのような観光客が何人も居るので、一緒に来たユータスは苦笑しつつも咎めはしない。治安の悪い地域ならともかく、ここなら皆そんな感じなのだ。


 ユータスとアインは今後の行動を含めて、肝心の部分は知らされずにここまで来ていた。それは知った方が危ないという理由でもあり、幸か不幸か今回アーゲンが巻き込まれている秘密には触れずに来られたからこその省きである。


 それでも何やら大きな秘密と、それを理由に大きな組織に追われているということだけはユータスも感じ取っていた。あれだけステーションで大立ち回りをしているのだし、ディーンやアインのような名目上の監視が付くというのもきな臭い。


 連れ出した若造がどのくらい事態を把握しているのかはわからなかったが、見た感じ本気で観光を楽しんでいるように見えていた。これが演技だとしたら相当なものだが。ともかく楽しませて洗いざらい吐かせよう、というのがユータスの狙いだった。


 ディーン含め秘密を知っている者たちはあまりにガードが硬すぎて諦めたユータスである。それに、情報というものは当事者たちに知られずに入手するのがベストだ。

 どうにかこちらの情報網も総動員したいところである。そのための足掛かりを、せいぜいこの若造を楽しませて引き出してやろう。そう考えるユータスはこれからのプランを頭の中で展開していた。


「おいアインそろそろ行こうぜ」

「了解っす!」

「さて、今から行くカジノの耳より情報だが、ほどほどに楽しめるコースが情報料2000に、とっておきの裏話、ただしハイリスクな情報料が10000きっかり。どっちが良い?」

「えー、ただでさえ薄給なんすからやめてくださいよー。それに、そういうのは自分であれこれ試して楽しむのが良いんじゃないっすか!」

「バッカ、初心者がいきなりじゃ味わい切れないから、経験者がおすすめのコースを用意してやろうってんじゃねぇか」

「いいっすよー。選んで失敗ってのも、旅の思い出じゃないっすかー」


 そんな風に話しながら、お目当ての便に乗り込む二人。大型の箱は地面から少しだけ浮いており、乗り込んでからは床の色分けされたパネルに立つことで搭乗完了だ。

 そこに足をかければパネルから細い棒が腰あたりまで伸びてきて、先端にアノンチェアの小さな風船が膨らむ。あとは体重をかければアノンチェアの特性で体重を分散し、負担とならないようがっちりと掴みこんで快適な腰掛となる仕組みだ。


「いやぁ良いっすねぇこのアノンチェア」

「コンパクトだし持ち運び出来そうなのが良いよなぁ。一般家庭にも普及し始めて5~6年でここまでに来るたぁ、商機を逃しちまったぜ」

「旦那、アノン自治連盟ともパイプがあるんすかー?」

「ねぇ! あそこはピーシーズと違って運送は一本契約だからなぁ。特にグビアと揉めてから全然外部を信じちゃくれんのよ」


 二人が窓際に陣取り盛り上がっていると、ユータスの後ろに入った中年の男が会釈をしながら話しかけて来た。


「あの、これはカジノフレットへ行くかわかりますか?」

「ん? ああ、行くぜ行くぜ。俺らもそこへ行くんだよ。あんたもか?」

「はい。何分首都は初めてなもので」

「おー、そいつぁいいな! こっちの若いのも初めてでな。案内してんだよ。どうだいあんた。フレットでの初心者おすすめコース、耳寄り情報。今なら情報料6000クレジットと安くしとくぜ」

「ああ、それはありがたいですね。それでしたら施設内で飲み物を奢りますので2000クレジットでどうでしょう」

「お、値切るねぇ。それならおすすめコースまでだぜ?」

「それで行きましょう」


 商談が成立したのか男は手元に端末を持ち出し、ユータスもにやりと笑って自分のナビ端末を取り出す。それをかざしあったところで軽い電子音が響き、ユータスの動きが止まった。普段の決算音より低い音な気がしたのだ。


「ん? なんだぁこりゃ」

「ユータス・オデオン、確認した。後ろはアイン・ララベアだな?」

「……なんだと?」

「旦那!?」


 そこで、ユータスとアインの意識は途絶えた。ユータスは相手をしていた男から、アインは自身の前パネルへと陣取った男によって黒い円柱状の機器を向けられている。

 円柱状の機器からは何か針状の小さなものが発射されていて、振り返っていたアインの首元と、ユータスの額へとそれぞれ食い込んでいた。


 あまりの早業に本人たちは何をされたか理解する間もなく眠りに落ちている。周囲の乗客も自分たちの御喋りに夢中で、その事態に気付く者はなかった。

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