最終章「後継者たち」

第66話「降下準備」

 惑星デアナの外周にはいくつもの人工物が周回していた。それらは地上支援のための衛星や、入港前の接続ドックなど様々だったが、どれも首都を守るためのものである。


 現在運航している多くの船はその構造上降下できるようには造られていなかった。運用目的が宙域を行き来するだけのものであり、降下する必要のある場所では宙域の港に停め、人員や荷物だけ射出機や軌道エレベータを用いて行き来を行っている。


 コスト面や機能差別化のためであり、同時に管理上誰が降りて誰が上がったかを把握しやすくするためだ。

 当然そういった設備は維持費も管理費用もかかるため有料であり、税金が取れるという行政側にとっては外せない設備である。


「凄いですね! 私住んではいましたけど、上から見るのは初めてです」

「良いなーミシェルちゃん。僕ステーション生まれなんで、首都見るのも初めてっすよ!」


 ユータスの輸送船内部で、窓へとへばりついたミシェルとアインが興奮した声を上げていた。

 航行中はそれぞれの船に散って暮らしていたが、会議や話し合いの度に集まるのは一番広いユータスの船であり、入港前の今もこうして集まっている。


 眼下に広がるのは赤茶の惑星デアナと、そこに覆いかぶさるように存在する外殻首都アディアだ。

 ガス状の惑星デアナを十分の一ほど覆うように超巨大な建造物が連なって出来た外殻が連邦の中枢と呼ばれる場所であり、そこでは常に惑星からエネルギーを受け取って高出力の様々な事業が行われている。


 替えのきかないゲート管理や、最高出力で大飯食らいの演算機など、行政を行政たらしめる強力な設備が集中しており、それは惑星からのエネルギーで成り立っていた。

 重要拠点かつ他の拠点と違って一歩間違えれば自沈する性質なのもあって、入港管理は少々うるさい。今も入港のための順番待ちだった。


「それにしても、ステーションでの大立ち回りのせいで止められるかと思ったが何もないな」

「大丈夫でしょ。総司令のディアナに話はつけてあったし、まぁちょっと。やり過ぎた感じはしなくもなかったけど」

「おいおい辛気臭せぇな。いいじゃねーか何もないなら。降下待ちの間、港でのいい気分転換になる店を知ってんだが聞くかい? 情報料は2000クレジットでいいぞ」

「その冗談いい加減やめなさいよ」


 ようやく旅も終わりかけ、追手がかかるのではと一抹の不安を抱いていたらしいユータスは実に楽し気である。追手もかからず入港手続きも問題がなさそうなのだから、誰しも気が緩むのは当たり前ではあった。

 それでなくとも船内の娯楽には限度があったし、ようやく着いた首都を前に、ユータスに限らずそれぞれはしゃぎ気味である。


「ディーン先輩、おすすめのスポット連れてってくださいよー」

「アイン。我々どちらかがフィル・アーゲンに付いていなければならない以上、二人揃って監視を放棄するわけにはいかないだろう」

「えー、もう良いじゃないっすかその名目。僕なんか監禁までされてたんすよ? 全然監視役になってないっす。今更っす」


 中でも出発当初から数日間監禁されていたディーン助手アインのはしゃぎっぷりは他を越えていた。最早建前や自身の職務を忘れて観光のノリである。


「まぁまぁいいじゃねーか。楽しくやろう。なんならアインは俺が連れて行くぜ? 案内してやるよ」

「ユータス、第四ステーションの憲兵隊ともパイプを作る気か? 精が出るというか何というか。……良かったなアイン、出世を期待されてるぞ」

「本当っすかフィルのあにさん! 僕出世しそうっすか!」

「いやいや違うぞフィル。こういうのは、あんまり上に行き過ぎる奴じゃ困るんだよ。立場と板挟みになって結局動いちゃくれねぇからな。こういう中途半端な位置に残りそうな奴ほど狙い目なのさ」

「そりゃないっすよユータスの旦那!」


 全員酒も入っていないのに陽気なものである。そんな雰囲気に一人呑まれず、不満気に眉を顰めていた人物が居た。職業軍人ニーナである。


「皆ちょっと気を緩めすぎじゃない? こういう時が一番危ないっていうのを忘れないで。そもそも未知の航路を追うより、ゲートを使って首都で待ち構える方が楽に決まってるんだから、むしろ危ないのはここからよ?」


 その空気を読まない言葉で、弛緩していた場は水を打ったかのように静まり返ってしまう。全員固まって、発言者ニーナに首だけを向けた。


「まぁ今更確認するまでもなく、敵はグビア組織。もしくはその裏に居る派閥だから。首都では第四ステーションほど派手に動けないだろうけど、単独行動は控えて。緊急用の連絡コードも決めましょう」


 首都へと向かう船内会議によって、おおよそ敵はグビア組織そのものか、そこを牛耳る何処かの派閥だろうという結論に達していた。

 あれだけの人数を宙賊の件からものの数日で動かしてくるのだから、実行力のある組織であり、かつ目的のものがステーションにあると確信を持っての行動だろう。


 兵器実験場というもっともらしい理由を使ってはいたが、そもそもそんな重要拠点なら軍情報部であるニーナが把握していない方がおかしい。

 ニーナによると軍が調査に行けという命令を出していたことだし、あそこはマークされていた怪しい場で、誰かが任務と誤魔化してニーナを送り込んだと考える方がありそうな話だ。


 とすればあそこは、グビアが連邦に隠していた秘密の実験場。あそこに居た宙賊たちの練度を考えればその線は濃厚だろう。

 その彼らは何かを探していた。それが何かまではアーゲンやニーナにもわからなかったが、ここまで強力なミシェルの力が無関係で偶然の産物とはとても思えない。


 そこでアーゲンたちが辿り着いたのは、その何かをミシェルが得てしまい、グビアが必死になって追っているという構図だった。

 ミシェルの態度と、宙賊たちの態度。ステーションでのグビアの動き。そう考えれば一応筋道は通るのだ。


 これだけの力をほいほい拾えるのかとか、何かってなんだとか、肝心な部分がわからずふんわりとしてしまっている結論ではあったが、状況証拠は揃っている。

 ひとまずその仮説を前提に、そこから導き出される最優先事項。グビアが動き出す前に、アーゲンたちがやるべき事。


 それは、ミシェルの力の解明だった。


 グビアが連邦への通達なしにこんな力を開発していたのなら、ミシェルの存在は追われる理由にも切り札にもなるジョーカーのようなものとなる。

 今は逃げ隠れるしかない弱い立場であり、守る戦力もニーナとアーゲンしかいない状態だが、グビアの関与を立証すれば話は変わる。


 うまくいけば暗躍する彼らへの剣となり、連邦がミシェルを保護する後ろ盾にもなり得る話なのだ。


 そのためにも事は慎重に行わなければならない。ミシェルの力が兵器なら安全装置が仕込んであるかもしれないし、そもそも連邦とグビアの関係は深いのだ。

 ミシェルの解明と同時に、どう公表し認めさせるのか。誰を信じ誰に知られてはならないのか。力の解明が出来るほどの施設をどう手配するのか。


 手配や調査、根回しとやることは山積みだ。

 アインとユータスを除くメンバーはそのことを思い起こし、気を引き締めなおす。まだ、一連の事件は終わっていないのだと。

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