第65話「微睡みの中で(4)」

 エアトレインの中で私はうんうんと唸っていた。進路相談で、そろそろ次の選択をしなければならなくて。でも私の中ではもやもやとやりたいことが浮かんでは消えていた。

 計算、演算処理は割と得意だったし、連邦の情報官という道を示されたけれど、そっちはあまり興味がなかった。


 どちらかと言えば、そう。メンタル的な方向が良いかな。うちでお爺様を見ていると、ケアとか。人種保護法で手を加えないと言っておきながら、平均寿命150歳という数値が出ているくらい。


 連邦は人生が二回あるってよく言われるらしい。普通の人生と、100歳前後から来る第二の人生だって。だいたいの人がそれまでの肉体とは離れる選択を取るから、もう少し何とかできないのか。


 ということをお爺様に相談したら「ミシェルは優しいのぉ」と満面の笑みで頭を撫でられた。もう、そこまで子供じゃないのに。


 でもそっち方面となるとアノン自治連盟に渡った方が色んな部門がありそうなのだ。でも自治連盟は独自の自治体として一風変わっているらしい。連邦から出ることになりそうだし、それはそれで困る。


 お爺様を一人残して出ていくなんて考えられないし。お父様とお母様が居なくなってから何年経つだろう。それからずっとお爺様は私を気にかけて、一緒に暮らして見守ってくれている。私が居なくなったら、そんなお爺様も一人になってしまうから。


 なんて考えていたら目の前の扉が開いていた。あれ、今どこだっけ。ちらりと表示を見れば東ノーヴァレスという表記があった。


「わ、降ります降ります」


 慌ててエアトレインを降り、ゲートをくぐる。すぐに腕に巻いていた端末に利用料金の表示が出るが、いつものことなので数字なんて気にしない。

 ともかく、私は自分のケアもしてくれた医療関係に進んでみたいのだ。先生はひたすら情報官について力説していたけれど、おかげで私の決意はより固まったのかも。


 今の生活をしながら通える医療系について調べてみよう。そう結論付けて、私は歩き出す。ビル群の間を縫うように行き来するエアトレインは既に行ってしまったけど、私の家まではここからは歩き。


 ――ミシェル。ミシェル、起きて。


 私を呼ぶ声がした。こんなところで? というか、起きて? どういう意味だろうか。私はこれから家に帰ってお爺様と午後のティータイムを。その時、進路の話をして頭を撫でてもらうのだ。あれ、撫でてもらったのは今日?



「ミシェル、どうしてこんなところで寝てるのよ」


 呆れたように言うニーナさんの声で目が覚めた。あれ、私どうしてたんだっけ。目をこすりながら周囲を見ると、そこにはアーゲンさんの寝姿があった。


「あ、私ここで寝ちゃったんだ……」

「寝ちゃったんだって、あなたねぇ」


 そうだった。何度か見た夢でなんとなくアーゲンさんの顔を見たくなってここに来て、そのまま眠ってしまったみたい。

 このままいけば起きたアーゲンさんに呆れられてしまうところだった。ってあれ、ニーナさんはどうしてここに?


「え、ニーナさんその恰好……。あ、あれ? 私もしかしてお邪魔でしたか!?」

「はい? あ、いや違うわよ。何勘違いしてるの」

「だってこんな夜中にそんな恰好で。こんなところに来るなんて」


 言っていて頬が熱くなってきたのを感じる。ダメダメダメ。ダメです。とりあえず私が居なくなってからにしてください。


「うぅーん……」


 お互いに顔を赤くして違うだのそうじゃないだの言い合いをしていると、アーゲンさんが五月蠅そうに身じろぎした。そうだった。寝ている人の前で騒ぐようなことじゃないですよね。うん。


「うる、さいぞぉ……ラン」


 ラン? 誰、ですか??

 私とニーナさんはその呟きに顔を見合わせていた。誰だろう。こんな状況で出て来る、おそらくは女性と思わしき名称に、私とニーナさんの赤かった顔はスッと元通り。


「ん……、あ? なんだお前ら二人揃って何して……。ニーナ、おま、なんて恰好してんだ!?」

「見たわねフィル。言わなかったっけ? 見たらどうなるかって」

「は? いやだって。こんなの不可抗力どころか、そっちが見せて来てるような」

「なに? 今、私のことを露出狂のように言わなかった? ふーん。良い度胸じゃない」


 ニーナさんがとっても楽しそうな顔で。でも目は笑っていない器用な顔で、拳を作り始めたのを見て、私はそっとベッドから離れていた。


「待て待て待て! お前の馬鹿力でそんな。ミシェル、助けてくれ!」

「……」

「女性を捕まえて馬鹿力なんてよく言えるわよねぇ。あー、ミシェル? あまり教育上よくないことになると思うから、席を外すことをおすすめするわ」


 私は静かに頷き、背を低くして狭い通路を戻って行くことにした。ここからはきっと大人の時間なのだろうから、邪魔してはいけない。


 さて、もうひと眠りしようかな。後ろから何やら激しい打撃音や呻き声が聞こえるけれど、気にせず夢の世界へ旅立とう。


 お爺様が待つ首都はもう少しなのだから。





     ~幕間「微睡みの中で」 終~

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