第13話「ナビ」

 一通り話を聞き出したのか、ニーナがアーゲンの元へやってきた。少女の方は落ち着いた様子で、座り込んだまま腰についた箱型の生成機を不思議そうに触っている。


「それで、どうだったんだ?」

「彼女はミシェル・シュバーゲンと名乗ったわ。連邦首都の東地区に家があって、祖父と暮らしていたそうよ。間違いなく人格があるわね。ただちょっと」

「ちょっと?」


 アーゲンが聞き返すと、ニーナは下唇を噛んで言いにくそうに視線を彷徨わせたが、それでも腰に手を当てたまま、溜息ひとつ続きを話し始めた。


「本物なのかどうかがわからない。自分のことをミシェル・シュバーゲンと思い込んだ人工知能なのか、何等かの理由で身体がダメになったから機体に移った張本人なのか」

「それ、判断つくのか?」

「無理。後者だとしても、あの体はちょっと問題ありね。そりゃ裏ルートで出回るうち、最も人に近い身体はあれしかないのかもしれないけど」


 ニーナの台詞に、アーゲンも少し考える。自分は愛玩機体を利用したことはなかったが、以前仕事仲間が言っていた小話を思い出した。


「……中には惚れ込んで愛玩機体と歳をとりたいって奴まで居るらしいからな。そっち専門の改造もあるって話を聞いたことがある」

「なるほどね。となると、歳をとるために裏ルートの機体を選んだのかもしれない。その輸送中に宙賊に襲われたって可能性もあるかな。……どちらにしても今判断がつかない以上、彼女は要救助者ね」

「だな。人格がある時点で、どちらだとしても保護するんだろ?」

「そうよ。ただ、そのあとの対処が変わってくるけど。まぁ、今はいいわ」


 ニーナが手招きすると、少女ミシェルは急ぎ足で二人の元へやってきた。そしてアーゲンを軽く見て、さっとニーナの後ろへと入り込む。


「ほら、自己紹介して」

「ミシェルです。ミシェル・シュバーゲン、15歳」

「よろしくな。俺はフィル・アーゲン。運び屋をやっている」

「フィル? フィリップじゃなくて……?」

 少女は首を傾げ何気なく聞き返していた。


「……正確に言うとフィル・フィリップ・アーゲンなんだが、ちょっと長いからフィルで通してるんだ。ミシェル、君にそこまで自己紹介をした覚えはないんだが」

「長い名前ねぇ。そうそう、そのことを確認しなきゃね。ミシェル、さっきも言ったけど、あなたは倒れていて、そこで彼の装備であるナビと融合? していたみたいなのよ。理屈や理由は私たちにもわからないんだけど」

「融合?」


 融合と聞いて困惑するミシェルだったが、アーゲンもニーナもそのことについてはまだよくわかっていないので、フォローすることもできない。

 今は打開しなければいけない宙賊がいて、そのためにナビの力が必要で、取り込んだと思わしき彼女がアーゲンの本名を知っていたことが重要だった。


「そう。で、ナビが持っていた情報や機能もそっくりそのまま、あなたの機体部分に取り込まれたんじゃないかって話してたんだけど、どうかしら」

「えっと、その。どうかしらと言われても」

「でもフィルの本名はわかったのよね。少なくとも知っていたから、受動的に疑問を感じたわけだし」

「そう、なんでしょうか。言われて、あれって思っただけなので」

「まだ引き出し方がわからないだけかしら」

「試してみるか。ミシェル、ここ一帯の周辺地図を表示してくれ」

「え? あ、れ?」


 アーゲンのその言葉に、戸惑いながらもミシェルは右手を地面へとかざしていた。大人二人に見守られる中、ミシェルの手は淡い光を放つ。ぼんやりと、仄かに青い光は地面で収束し、立体像を持った周辺地図と成っていく。


 これには言ってみたアーゲンも、横で見ていたニーナも、ミシェル本人でさえ目を見開いて驚いた。

 手の平から立体映像として照射された地図は、倉庫内で確認したものとほぼ同じだったが、あの時と違って建物の名称や倉庫内の主な品類まで表示されていた。


「これは、驚いたわ。本当に、取り込んだっていうの?」

「マジかよ」


 今やっている投影や、合流する前の通信にしたって、機構的に取り込めるようなものではなかった。愛玩機体の腕はそういう造りをしていないはずだし、構造を読み取って成形しなおしたのだとしても、ブリッツの検査でわかるはずである。


「一体、どうなっているんでしょうニーナさん」

 やり方は身体がわかっているのか、言われて自然とやってしまっていたミシェルは不思議そうに自分が映している地図を見ていたが、大人二人はそれがいかに“あり得ない“機能だったかわかっている分衝撃を受けていた。


「私たちにもわからないけど、まぁ良いんじゃないかしら。あなたに、ちょっと便利な力が備わったってことで」

「それで良いのかよ……」

「良いんじゃない? というか、私たちにそんなことを考えている余力もないわけだし」


 理屈はわからなかったが、それはあとで大型の精密検査にかければわかるだろう、とニーナは考え、今は冷静に戦力として計算しなおしていた。


「余力がないってどういうことですか?」

「さて、ここからが本題ね。ミシェルには酷な話かもしれないけど、しっかり聞いて」


 ニーナはこれからやらなければならないこと、を目覚めたばかりの少女ミシェルに容赦なく伝えていった。アーゲンもミシェルも民間人であったため、ここからは軍人であるニーナの指示で動くこととなる。例の連邦軍への協力義務のもとで。

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