第14話「偵察」

 日が昇り始めた曇天の下、遠方に砦のように補強された一画があった。


 路地の一部を根城としているのか、一応隠し砦なのか、崩れたコンテナや崩落した瓦礫などを使って通路を塞いでいて、それを防壁のように利用している。

 裏はおそらく補強され昇り降りが出来るようになっていて、瓦礫のうえに身を隠した歩哨の姿があった。


 あたり一帯にカモフラージュのためか似たような形で崩された建物があって、遠目に見ただけでは荒れた区画にしか見えなかったが、ミシェルのセンサーは見事に隠蔽工作を見抜いていた。


「こりゃ凄いな」

『裏手や地下にいくつもの通路が張り巡らされているみたいね。相当用心深いというか、築城の心得から、性根の曲がり具合が見て取れるなんてよっぽどよ』

「いやそれもそうだが、ミシェルのセンサーがな」


 ブリッツのセンサーは電子妨害を受けており、おそらく近づかなければ看破できないだろう欺瞞情報によって、砦があるということすらわからなかった。

 近づいて見破る頃には向こうに捉えられて蜂の巣だっただろうから、十分強力な情報防衛がなされていると言える。


 しかしミシェルはあっさりとそれを見破った。本人はよくわかっていないようだったが、偵察のつもりがすぐに宙賊の根城を発見し報告してきたのだ。

 二人の前に表示されたデータは緻密で、まるで妨害なんてないかのように砦内部の様子や地下に隠蔽された通路を映し出していた。


『確かに凄いけど、ブリッツは電子母艦ありきの護衛みたいな運用だしね。そもそも単騎での機能は高くないのよ。演算処理能力こそあれ、普段は電子母艦に索敵や情報処理を任せて、その庇護下で歩兵以上車両未満の行動をするんだから』

「構造として強力な探知機や電子戦装備は積んでないのか?」

『そうよ。そういうのは突出して戦う戦車の仕事』


 アーゲンは偵察のため陣取った屋上で腹這いになりながら通信を行っていた。その隣には通信仲介と、索敵のためにミシェルも横になっている。ブリッツは目立つのでニーナだけ後方待機で状況分析を行っていた。


「俺のナビにここまで強力なレーダーはついていなかったはずだぞ」

『あらそう。まぁでも、ワンオフでお金さえかければやれないことはないわよ。技術的に到達可能なことと、一般流通にのる採算の取れる範疇は全然別だし。事故を機によっぽど高性能な機能を付け足したんじゃない? また事故にあっても困るし。そういうことよ』


 アーゲンが記憶している限り、ここまで高性能の索敵を、この小柄な体で実現する方法はなかった。小型の偵察衛星のようなものを飛ばして観測しているならまだしも、それすらしていない。ミシェルが不安がるから、そういうことにしておけという事だろう。


 今の世、技術的に可能かどうかというだけで見れば多くのことが可能ではあったし、最先端の技術を集結させればミシェルのレーダー機能も可能性があるのかもしれない。しかし、確実に言えることは膨大な費用がかかるということだ。


 たかが一個体、それも事故で壊れてしまうような華奢な身体にそんな機能を、莫大なお金をかけて詰め込むくらいなら、先ほどニーナが言っていたような電子母艦とブリッツのようにすみ分けて済ませる方が良い。


 一般流通品や、なるべく低コストにしようとする軍用品も、そうした到達点から見ていくつも格落ちしたものを量産しているし、全ての面で優れているとしても、すでに整えてしまった生産設備や物資調達のルートという問題がつきまとい、結果ニーナに食べさせられた窒素化合物のような、良いのか悪いのかわからないものが残ることもある。


「それで、どうする?」

『はいはい。分析してみたけど、ポッドは砦のど真ん中ね。解体はされていないし無事みたいだけど、権限を奪う気みたい。何人か張り付いて演算中。見つからずに奪い去るのは到底無理ね』

「ブリッツで強襲して戦場にするのもまずいよな」

『現実的じゃないわね。また私が囮になって、その間に地下通路を使って潜入してみる? ポッドを奪って脱出してあとで合流とか』

「それでいこう」

『あら、決断が早いわね。出来るの? あなたたちに』

「ミシェルもか」


 アーゲンは隣で縮こまって真剣な顔をしている少女を見やった。緊張もしているようだが、通信仲介をしているため全ての会話は聞こえているはずだ。特に反対もせず、ミシェルは黙って二人のやり取りを繋いでいる。


 アーゲンはただの少女という自覚しかないミシェルを戦力として数えるのは抵抗があった。ニーナはにこやかに有無を言わせず協力は義務と言い放ったが、こんな状況で唯一頼れる相手にそう言われては断れないだろう。


『そりゃそうよ。ナビの機能を引き継いでいるのなら、ミシェルが行かなくちゃ認証に時間がかかるでしょう? 戦闘になったらこのあたり一帯吹き飛ぶ可能性もある。それに、中に入ったあなたと連絡が取れなくなるのも困るし』

「通信届くのか?」

『これだけ見事に妨害を突破できるなら行けるでしょう? 前回みたいに妨害範囲が全てこっちに回ってきたら、中継機使って問題なく通信できるし』


 前回、とは狙撃の時のことだ。あの時は敵もブリッツしか眼中になかったため、能動的なブリッツ対策しか行われていなかった。ブリッツだけを捉えて妨害し続ける、網のような妨害イメージである。そのため、その範囲外に設置した中継機を通して通信を維持できていた。


「ミッシェル、大丈夫か?」

「わから、ない。やってみないと」

「そっちじゃなくてだな。敵地に乗り込むってことは直接戦う可能性があるってことだ。下手すれば撃ち合いや、最悪刺し合いになる」

「それは……」


 アーゲンはミシェルを拾う前、ニーナに言われたことを今度は自分が問う側となっていた。そのことが少しおかしくはあったが、子供を前にして大人側がしっかりしなくてはと意識が変わったのもまた事実だった。


「とは言え、この状況じゃ置いていくわけにもいかない。君が居ないと困るのも事実だし、どうか頑張って欲しい。ただどうしても無理そうなら早めに言ってくれ。そうすれば、俺が背負ってミシェルは目を瞑っているだけで済むようにする」

「……はい。ありがとう、ございます」

「なに、心配するな。これでも大人だからな。子供一人くらい守れるさ」

『あら格好良い。ふらついていたのに言うじゃないフィル』

「茶化すなニーナ。俺だって男だ。こんな子を前にびびってられないだろ」

『ふーん。あら、私は?』

「……お前は十分強いだろーが」


 アーゲンとニーナが話していると、アーゲンの手がふっと柔らかな手で握られていた。ミシェルが、震える手で弱々しくアーゲンの武骨な手を握りしめている。その顔色はあまり良くはなかったが、それでも精一杯の勇気を振り絞っているのが見て取れた。


「よろしく、お願いします」

「ああ。こちらこそ頼りにしてるさ」


 ミシェルの能力に関しては未だ半信半疑ではあったが、それは自分のナビ以上の機能という出所不明の力に対する不信感であって、能力的には十二分に強力だというのが砦の地図を見てわかっている。


 戦闘に打って出るという不安は大きかったが、自分より小さな女の子を前に躊躇してはいられない。こんなに震えながらも頼ってくるのだから、自分がしっかりしなければ、とアーゲンは気持ちを新たに、潜入ルートの選定と武器の確認をするのであった。

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