第15話「潜入準備」

 遠くで足元を震わせる、くぐもった轟音が鳴り響いていた。ぱらぱらと音を立て、頭上から砂や土が降り注ぐ。そんな中、アーゲンとミシェルは身を屈めて狭い通路の脇へ隠れ潜んでいた。


 使われていなさそうな地下通路のうち、警戒網にかからない程度の距離でタイミングを待っている。警戒網の演算を、ブリッツ相手の電子妨害に回すまで、アーゲンとミシェルはここで待機の手筈だった。


『暗いけど大丈夫かミシェル』

『はい。自分でも不思議なんですが、視ようとすると夜目が利くというか、黄色いサングラスをかけたみたいに見えるんです』

『暗視効果か。ちょっと目を見せてくれ』

『え、はい』


 アーゲンは横にいたミシェルの瞳をまじまじと覗き込むと、その瞳孔が収縮する動きを観察していた。光を取り込む機能を考えれば、黒目が大きくなっているはずだが、傍から見てそのような動きは見られない。


 アーゲンの方はゴーグルによる視野調整でものを見ているが、ミシェルの眼はどうなっているのか。戸惑い揺れる瞳を不思議そうに、真剣に追いかけるアーゲンだったが、アーゲンが答えを見つけるよりも先にミシェルが音を上げていた。


『あ、あのアーゲンさん。近い、近いです』

『ん? ああ、すまん。瞳孔に変化はないようだが、暗視は出来ているんだな? ならフラッシュバンに気を付けてくれよ。俺の方はゴーグルが強烈な光を探知したら目がやられないよう視界を暗転させる機能があるが、瞼を閉じる程度じゃ防げないからな』

『そうなんですか?』

『ああ、もし俺がフラッシュと叫んだら手で顔を覆うんだ』

『はぁ』


 よくわかっていないミシェルの返事と共に、再び通路内が揺れた。上から降ってくる砂が二人の頭にかかり、ミシェルは首を振って砂を落としにかかる。その激しい動作に、アーゲンとミシェルの首筋同士繋げていた黒い有線ケーブルが、ばたばたと暴れまわった。


『おいおい。ラインを忘れないでくれ』

『あ、ごめんなさい』


 二人は敵に会話を感知されないよう、うなじにあるレセプターを有線で繋ぎ通信を行っていた。そのため先ほどからの会話も全て音声として発音、発言はしていない。ゴーグルを介しての無線だと、どうしてもアーゲン側は発音しなければならないため、用心してラインを繋げたのだ。


『だいぶ宙賊が出て来たわ。うわ、古い戦車もどきまである。っと本格的に妨害してきたわね。そろそろ動いて大丈夫よお二人さん』

『わかった。気を付けてくれ』

『まぁ精々死なないように逃げ回るわ。そっちも、死なないようにしてよね』

『お互いな』


 アーゲンは足元に置いてあった2つのヘルメットを手に取ると、片方をミシェルへと手渡した。ニーナの見つけた資材を用いて生成した頭装備である。

 灰色ベースにブロック状に濃淡がつけられた都市迷彩で、視界ジャックや首元のレセプターへの干渉を防ぐためのものだ。そのため後部下にバイザーのように、伸縮性のあるゴムのようなパーツが伸びている。


『本当はネックアーマーの方が動きやすいんだが、近接戦闘の可能性もあるから我慢してくれ。さて、行くか』

『いえ、アーゲンさん。まだ行かない方が良いと思います。その、警戒網というか。危険な領域が、まだそこにありますから』

『……見える、のか?』

『え、はい。あの、やっぱり私変なんでしょうか』

『いや、高性能な機動兵器は電子戦含めて、処理した情報を視野に反映させる機能があるから、不可能ってわけじゃない。君みたいな子にそんな能力を持たせた理由は謎だが、あって困るもんじゃないし今は有効活用しよう』


 アーゲンは腰袋からラインの繋がったグリップのようなものを引っ張り出した。それは握り部分であるグリップと、そこに沿うように細い金属製のトリガーが付いた代物で、下部は細いラインでアーゲンの腰袋へと繋がっている。


『このトリガーごと握って、親指を強く握り込むと発動。本来はこの先、ラインのついてない方を肌につけて、体内ナノマシンを調整するためのものなんだが出力を弄ってある。もし敵が後ろから来たらこれを向けて発動させれば、敵は数秒麻痺したようになるはずだ』

『……はい』

『君に銃なんて使わせられないから、護身用代わりに使ってくれ。5mくらいの距離なら届くはずだし、落としてもリールで巻き取られて俺の腰に戻るようになっているから気にしないように』

『わかりました。アーゲンさんの分は?』


 大事そうにグリップを抱え込んだミシェルは心配そうに聞いたが、アーゲンは腰袋からもう一つグリップを引っ張り出して、にっこりと笑った。


『故障用に二本あるのさ。もともとこの腰袋はこいつのための装備だからな。体内調整だけじゃなく、ナノマシンを散布して外部機器の修理もできる優れもの。とは言え、俺はこっちだ』


 アーゲンは消音器のついた銃を掲げ、もう一度笑って見せた。出来るだけ頼もしく見せようという、不安にさせないための笑顔を意識して作り上げる。

 ただ、その精一杯の笑顔もミシェルには引きつった笑みにしか見えなかった。ミシェルはどうしたらいいのか少し考え、曖昧に笑って返すに留めた。

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