第16話「陽動」

 山なりに狙いの悪い砲弾が飛んでくる。ニーナの駆るブリッツは飛んでくる砲弾を瞬時に精査し、それが炸裂徹甲弾であると判定していた。着弾まではまだかかる。約6500m先からの砲撃であった。


 薄くかかった雲のせいで灰色一色となった空のもと、周囲の連なる白い実が固まったかのような建造物たちは、終わってしまった世界のような独特な雰囲気を醸し出している。


 そんな中、ニーナのブリッツは路地を高速で駆け抜けていた。整った路面に踵を降ろし、そこに備えられた車輪で速度をつける。路に落ちているゴミはつま先部分で弾き飛ばし、大きければ片足走行や跳躍を織り交ぜる。


 ブリッツが駆け抜けたあと、周りの建造物は次々と崩壊し、大きな音と土煙を上げていた。ニーナを狙った砲弾が遅れて着弾したのだ。


「演算、周囲の路地状況と逃走経路の選定。識別、敵射手」


 ニーナは逃げる動作を行いながら、情報を分析していた。砲音と砲弾の種類、着弾から誤差修正までの速度。それらを合わせ、敵の主力をデータから導き出す。

 ヘルメット内部バイザーに表示されたのはグビア製主力戦車NA-v540の表記。二世代前の主力戦車だった。強固な装甲と打撃力が売りだったが、高度化する電子戦についていけず、もとから問題だった機動力の低さもあって格下げされた戦闘車両だった。


「主兵装で540の装甲を貫けるものは? 右の徹甲弾に新型弾頭を用いれば抜けるか」


 ブリッツは右に徹甲弾、左に榴弾、肩にレンジアウトを装備していた。もう少し細かく見れば弾頭部は生成しているので散弾や特殊弾頭も可能だが、要するに右は高速の射出機で、左は大型の射出機である。


 敵の演算は自分たちを捕捉されないように割り振られているらしい。相手の位置や詳細は全く感知できなかったが、飛んでくる砲弾を見るに攻撃面に割り振っている余裕はないようだ。


 ブリッツの兵装が敵にバレているかは不明だが、レンジアウトなら超長距離から装甲を無視して操縦者を焼けるため当然の差配だろう。二世代前ならまだ対策が組み込まれていない頃だ。


「敵妨害を牽制しつつ、解析区域を表示。流石に浸透してきた歩兵に不意打ちを食らったらひとたまりもないし、警戒を厳に」


 パイロットシートに身をゆだねながら、ニーナはじっくりと考える。自分の役割は囮であるから逃げすぎても攻めすぎてもいけない。回収されたポットから仲間がいると把握されているだろうし、露骨過ぎるのも危険だった。


 両手をひじ掛けについた籠手のような部分に突っ込み、操作と情報の精査を行いながら、ニーナは行動予定を組み立てていく。

 籠手の中はキーの組み込まれた操作盤とジェル状の生体パーツがあり、電気的な神経系の信号と実際のキー操作でブリッツを管理していた。神経系信号はスーツを通して全身各所とも繋がりがあり、感覚的にブリッツに機敏な動きをさせることができる。


「まぁしばらくは砲撃戦ね。演算、情報欺瞞。デコイ二体配置。その代わり逃走経路取りと確度はそれらしくしてと。向こうはこちらの特定にたいした演算を割いてないから、一発しかけましょう」


 ニーナの指示でブリッツの情報が二体となり、本体の情報は隠蔽が始まった。二体はそれぞれ違う方向に逃走経路を取り、さもその進路上を走査しているかのごとく、隠れた本体はその先を解析しながら脇道へと逸れる。


 砲撃は一瞬迷ったものの、そのうちの一体を追っていく。流石に偵察部隊が目で確認したら通用しないが、緒戦の砲撃戦の距離ならいくらでも誤魔化せる。相手は二体のうちどちらが本物かに演算能力を割くため、関係ない位置となるニーナ本体の居場所はたいした情報撹乱をしなくて済む。


 その間にブリッツは反転、居住区のうち高層な集団住宅を見つけ、腕を使ってよじ登って行く。ブリッツ自体の重量は航行技術の転用で重力場を応用して軽くはなっているが、それでも重いことは重い。華麗によじ登るというよりは、腕ごと窓に突っ込んで、這い上がって行くような恰好だった。


 屋上に登りきったところで軽いビープ音が鳴った。デコイのうち一体が見破られたようだ。解析までにかかった時間は約250秒だから、もう片方が本物でないことに気づかれるのは100秒もかからないだろう。


「さて、あの辺かな」


 ブリッツは足を屋上にアンカーで固定し、姿勢は低く左腕を高々と上げた。弾頭はここに来る間に成形済みである。同時に、敵砲撃を何度もサンプリングし、だいたいの射手の居場所は特定済みだった。あとは撃つだけである。


 今回は炸薬でなく電磁砲レールガンにしていた。砲身にジジジという電磁音が鳴り、強力な磁場が形成されていく。十分な力が溜まったところで、ニーナはキーを叩いた。

 解放された砲弾は砲身の中を超速度で飛び出していく。空気を裂く大きな炸裂音と、砲身内に戻って行く空気の渦巻く、独特な音が響いた。


「これが私の追尾弾よ」

 言いながらニーナは結果を見ずに屋上から飛び降りた。壁面に足を引っかけて減速しつつ地面へ落ちていく。


 放たれた砲弾は、先の戦いでアーゲンが撃たされたものの大型版だった。滑空するソレを相手は迎撃する手段を持たなかったか、あるいは分析してたいした砲弾ではないと判断したのか。

 落下していく砲弾は住宅街らしき地点で一気に分裂し、まるで矢の雨のような面攻撃を開始していた。


「当たったかな……?」


 ニーナは移動しつつ観測を続けた。戦車の装甲は抜けなくとも、砲身や外部照準器にダメージは入るだろう。先ほどまで続いていた砲撃が止んでいるので、立て直すまでの間に多少距離を詰めよう、とニーナはブリッツを走らせた。

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