第17話「砦潜入」
腰からグリップへと延びるものと、お互いの首筋を繋ぐものという二本のラインに繋がれたアーゲンとミシェルは、通路を進んで民家の地下室へと入ってきていた。
地下室は四方4~5mほどの広さで、片づけられたのか家具の類もない殺風景な部屋だった。入ってきた通路を除けば出入り口は1つ。通路の対面、壁に沿うように備えられた1階への階段のみ。
上はキッチンに直接繋がっていて、上がりきったところにある扉一枚で隔てられているようだった。こんなところで見つかったら逃げ場もないのだが、事前調査で最も潜入に適しているのがこの通路だったから仕方がない。
活発な移動がある中心部から離れた通路で、なおかつ他と接続がないため不意な遭遇もしにくい。そして出口が見つかりにくい場所、という条件はここしかなかった。
砦は中心に広間のような中庭があり、そこを囲むようにそこそこ背の高い集団住宅が並んでいた。ニーナが居るほうを正面とすると、そちらは似たような集団住宅がいくつもあって、要所が崩されて壁となっている。
反対、裏手はアーゲンたちが侵入したような個人住宅がいくつか並んでいて、すぐ外側に保護区と居住区を隔てる大きな壁が続いていた。
『ミシェル、周囲に人影は?』
『ない、です。少なくともポッド周辺に居た人たちも出ているみたいです』
『派手にやってるみたいだし、今のうちかね。案内頼むぞ』
『……あの、私の見てるものをリアルタイムにアーゲンさんに表示させちゃダメでしょうか』
アーゲンは地上への階段を見上げていた顔を、思わずミシェルへと向けていた。それは技術的に可能ではあった。特に首筋のレセプターを繋いだ今なら、別に特別な機能も要らない。ただ、そこを開くということは、お互いにお互いのセキュリティを開くということだった。
『あ、あれ? 私また何か変なこと言ってます?』
『いや、ミシェルが良いなら良いんだが』
今の世代が生まれながら脊髄に持っているレセプターは、神経を通じて電子的なやり取りをするためのものである。生後数ヶ月のうちに専用器具をそこに埋め込み、個人情報やクレジット管理などの機能を連邦に登録、連携させるのだ。
今のように直接ラインを繋げれば、有線通信や簡単なデータのやり取りも機器なしに行うことが出来る。反面、脳への情報付与などの管理権は厳密に取り決めなければ、生きながらにして乗っ取られるという危険性を持っていた。
『良かった。じゃぁ繋げますね』
『待ってろ今権限コードを出す』
この権限コードは段階的に分けられており、目は神経系として脳への情報伝達とみなされるため、かなり権限が高い。これには限定的ながらも記憶へのアクセスや感覚の共有など、パーソナルスペースとしての一線を簡単に飛び越えるものだったから、アーゲンは提案しなかったのだ。
過去利便性を求めてそのあたりをもっと開放的にしていた時代もあったそうだが、それは同時に管理のしにくい自由、もっと言えば無法地帯の弱肉強食として、やれる幅が広すぎる故に意図しない事件事故も増やしてしまったらしい。
そういう知識もあって、アーゲンは年頃の娘相手に気軽に言えることではない、と考えていた。
『あ、どうでしょう。見えてます?』
そうした権限解放の特性をよく知っていたからこそ、アーゲンは驚きを隠せなかった。自分が権限コードを出すよりも早く、視野に表示された地図とルート情報に。
何の手応えもなく権限を突破された。アーゲンはその事実にふらつき、気が付けば音を立てて床に座り込んでいた。いきなりのアーゲンの動揺に、ラインで繋がっていたミシェルは驚いて目を瞬いている。
『え、ちょっとアーゲンさん?』
『ミシェル……、今の。どうやった?』
『え。どう、ですか? 出来ないのかなって思ったら、ふっと。なんというか“あ、できる”ってわかっただけ、なんですけど』
『そう、か。ちょっと待ってろ』
アーゲンはしゃがみ込んでこちらを心配そうに見てくるミシェルに手をかざし、何もするなと示してから、意図的にミシェルの記憶へアクセスを試みた。本来権限は双方向。お互いがリスクを負わなければ通らない仕組みに、安全対策としてなっているはずだった。
『ええっと、アーゲンさん?』
『通らない。つまりこれは、双方向許可じゃなく一方通行のクラッキングか……?』
『あの、あの。アーゲンさん、誰か来ます!』
未だ混乱気味だったアーゲンもその言葉に即座に頭を切り替えた。本音を言えばまだミシェルのやったことへの衝撃は大きかったが、考えるのはあとにしなければ。
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