第76話「プレゼント」
アーゲンとディーンは屋敷の外へと脱出し、裏手の塀の上に立って居た。二人はディーンの内蔵兵器とアーゲンのグリップにより屋敷内の兵士たちを無力化し、兵士たちが装備していた黒い麻酔筒と光学迷彩のマントを手に入れている。ここまでは順調だ。
「ディーン、ナビ端末を貸してくれ」
「……良いだろう」
ナビは個人の証明でありIDやセキュリティなどプライバシー以上の重要な意味を持つものである。その接続を人に渡すということは、自身のプライベートと社会的立場を明け渡すことにも等しい行為だった。
いくら見られていないからと言ってアーゲンの行為と偽って内蔵兵器を使用したり、そもそも拘束を抜けてアーゲンを助け出したりと、もはやディーンの監視役という建前はあってないようなものである。
渡された武骨で少々傷が入っているナビ端末を受け取り、アーゲンはすぐに通信を立ち上げた。連絡先は先ほど会っていた同僚ランである。
「秘匿回線13A-Exil」
『認証。どうされましたフィル。これは、ディーン・フィポッドのナビ端末のようですが』
「ニーナが突っ走った。とりあえず足が欲しい」
『良いでしょう。そこの裏を行った先でポーターを手配します。それと、あなたのナビあてにユータス・オデオンという人物から何度も連絡が入っていますが、繋げますか?』
「ユータスが? 繋いでくれ」
『わかりました。モニターはしておきますのでご注意を』
アーゲンはディーンへと頷き、塀の上を歩いて裏手へと向かう。数秒で接続音がして、ユータスの大声が鳴り響いた。
『おおお、やっと繋がったかこの野郎!』
「どうしたユータス。今それどころじゃないんだが」
『こっちもだ! アインの奴が攫われた。俺も捕まってたんだが、奴ら急に慌ててな。何とか逃げ出したんだが何時追手が来るかわからねぇんだ。助けに来てくれフィル!』
「アインが? ……ラン、情報を集めてくれ。ユータス、俺の優秀で頼れる同僚がお前を助けに行く。こっちも問題発生中なんだ気張れ」
『はぁ!? おいおい、どうなってんだよ大丈……』
『接続切りました。あの、フィル。その優秀で頼れる同僚とはもしかして私のことでしょうか』
「他に誰がいるんだ。それで、情報は?」
裏手の道路へと辿り着いた二人は地面へと降り、アーゲンは話しながらポーターを呼ぶ端末を調べる。すぐに反応があり、手配されたポーターが移動中という表示が現れた。
『アイン・ララベアの生体反応感知。……これは』
「どうした」
『そこから近いようですが、護送中の軍用ポーターを追っているようですね。確認が取れました。ニーナ・ハルト伍長の乗ったポーターです』
「狙いはそっちか……! ラン、フィリップ・アーゲンの記録を解放する。許可を」
『フィル、戦闘経験値が違い過ぎます。また拒絶反応が起きても宜しいのですか?』
「戦闘は、ここ数週間で十分経験したよ。いいから寄越せ」
道路の一画にセンサーが走り、地面の蓋が開くようにせりあがって一台のポーターが地下から上がってきた。アーゲンはそれを確認してからグリップを左手に握り、ポーター呼び出しの端末へナノマシンを吹きかける。
「何をする気だフィル・アーゲン」
「蓋が閉じないよう固定した。下を通るぞ」
「下? ポーター運搬用のリフトを通る気つもりか? それはなかなかに無茶なのではないかね。下は順番待ちのポーターで一杯だろう。走るスペースが取れるとは到底思えない」
「上を走る。ラン、まだか?」
やってきたポーターへ乗り込み、グリップをポーターの操作盤へと向けるアーゲン。続けて乗ったディーンは手早く椅子に座ると安全帯ベルトを起動させ装着した。普段使いならまず使わないものだが、アーゲンの無茶には必要だろう。
アーゲンがポーターの重力設定を弄り、どんどん設定を書き換えて調整していると、右手に持っていたナビ端末から何やら陽気な男の声が流れてきた。
『フィル君本気かい?』
「叔父貴か。ランは?」
『彼女はわざとらしい仏頂面で君の友人を助けに行ったよ。頼られて嬉しいようだ。さて、それにしてもようやくというところかな? 受け入れる気になったのは喜ばしい。パーティが必要だね』
「そんなこと言ってる場合か」
『いやいや、長年待ったんだよ叔父さんは。まぁ、走り出す前にしておこうか。こうなるんじゃないかって、君へのプレゼントをポーターに入れておいたから、あとはそっちで宜しく。健闘を祈ってるよ』
プレゼント? とアーゲンが首を傾げているうちに通信は切れてしまった。仕方なく端末を椅子に座ってベルトまでつけたディーンに返し、その後ろを見れば。
そこには白いボールがあった。人の顔ほどの大きさで球体の本体と、その背面にいくつかのプラグや箱型の外装がついた構造をしているナビユニット。
「やぁアーゲン」
「ナビ? もう完成していたのか」
「元々の機体だ。とはいえ人格は以前のメンテナンスからのバックアップなのでここ二年ほどの情報が欠落している。しかしおおよそ機能には問題ない。むしろ戦闘補助としてはこちらの方が上だろう」
平坦な機械音声を響かせながら浮かび上がったのはアーゲンの失われた相棒、ナビそのものだった。新たな機体にバックアップしてあった人格データを搭載したそれは、早速下部から伸ばしたマニュピレータで一つのアンプルを差し出してくる。
「これを」
「ああ、これがそうなのか……」
「そもそも私はこうした補助のために造られたものだ。君が戦闘から離れた時点で日用機体と化していたが、ようやく本来の役割に戻ることが出来る」
アーゲンが感慨深そうにそのアンプルを見ていると、咳払いがひとつ。見れば、動向を見守っていたディーンがアーゲンに肩をすくめてみせた。
「私は構わないのだがね。色々と聞きたいことがあるのを黙っているのは、今が一刻を争う事態だと認識していたからなのだが。そうでないのならフィル・アーゲン、どういうことか一から説明してもらえるかな? もしくは、せめてそのナビを紹介して欲しいところだ」
「あ、ああ。すまないディーン。こっちは俺のナビだ。ひとまずそれだけ覚えていてくれ。行くぞ、ナビ」
「ディーン・フィポッド。君のことはデータ入力されている。以後宜しく頼む。……早くアンプルを使えアーゲン」
生まれてから常に一緒だった。いつもの小言がうるさいナビの言葉に、思わず涙ぐむアーゲンだったが、今はのんびりしているわけにはいかない。
アーゲンは軽く対ショック体勢を取るとアンプルを首筋へと当て、内蔵された一体型の針を突き刺した。
少なくない衝撃に息が漏れ、一瞬全身の筋肉が強張り、様々な情報や記録が開かれていくのがわかる。視界が狭まり、ぽたぽたと垂れる血が見えた。鼻血が出ている。
アーゲンは鼻血を拭い、立ち上がった。まだ少しふらつくが、拒絶反応というほどではない。
「さて、多分アインを攫った連中はグビアだろう。そいつらは今ミシェルとニーナの乗ったポーターを狙ってる。俺たちはそれを叩く。少し揺れるだろうが下を通ってショートカットだ。間に合わせるぞ。いいな?」
「無茶に付き合うのにも慣れて来たところだフィル・アーゲン」
「君は操作に集中しろアーゲン。危ないところは私が処理する」
アーゲンと一人と一体はそれぞれ頷き合い、ポーターは動き出した。ゆっくりと開いたままにしてあったリフトの中、地下へと入り込んでいくポーター。
それは接地面すれすれではなく飛行便のように大きく浮遊したかと思うと、内部壁面を走り出していた。
重力制御が強くない車内は横倒しになったかのような状態となったが、アーゲンは構わず速度を上げていく。間に合わせる、と。あげていく速度はやがて、ポーターの最高速度に達していた。
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