第77話「痕跡調査」

 道中に横倒しになり、転がったのか凹んで傷だらけになったポーターが縁石に引っかかって停まっていた。それは耐久性の高い軍用ポーターで、窓もなく装甲板が貼られた護送用のものである。


 アーゲンたちはそれを感知し、近場のポーター排出機構を経て地上へと上がっていた。周囲に人影はなく、警戒しながら降りて倒れたポーターへと近づいていく。

 その手には道中ナビに生成させた銃器もどきが握られていた。アーゲンは非殺傷の弾を飛ばすライフルで、ディーンは一般的な兵士が使うライフルのようなものを手にしている。


「ナビ、痕跡を」

「走査する。……ポーターをやられ追いつかれる前に脱出したようだ。後から痕跡を調べた形跡もある。劣化度合から見て数分の差だな。精査すれば正確な分数もわかるが、どうするアーゲン」

「いや、そこまでは良いだろう。どっちに行った?」

「右手の建物内部。追跡者は不明。微かに逃げた者の痕跡に重なるものはあるが、自分たちの痕跡を消しながら進んでいるようだ」

「……ゴーストか?」

「可能性は高い」

「ここからはなるべく有線で行くぞ」


 アーゲンとディーンはナビを中心に長いラインを繋ぎ、有線での通信に切り替える。ディーンは己のナビ端末を介して自分へと接続し、アーゲンは久しぶりに簡易的なバイザーをつけ、それを通して自分へとラインを繋いだ。


 バイザーは目元を簡単に覆う半透明の部分と耳当て、そして首あてのセットになったもので、こちらもライフル同様ナビに生成させたものである。

 首あてから左右だけ伸縮するパーツが伸びて耳当てと一体になり、そこから半透明のバイザーが出ている形で、本来はスポーツ用のものを安価な権限で生成して、軍用のゴーグル部分を組み込んでいた。


『フィル・アーゲン。ゴーストとは、対電子戦部隊のことかね?』

『ああ。知ってるのか?』

『名前だけは聞いたことがある。出来れば、これから戦う可能性のある相手なら、詳しく聞かせてもらえると助かるのだがね』


 二人はナビのセンサーを頼りに前衛にアーゲン、後衛にディーンという並びで警戒しつつ建物へと入って行く。

 この建物は東部から中央へと入る境目のあたりにあるエアトレイン管理用の施設だ。入口のスライド扉は開かれたままになっていたが、本来は職員や整備士程度しか入る必要のない建物である。


『ゴーストは対電子母艦用の部隊で、電子的な感知に引っかからないようステルス装備で身を固めた特殊部隊だ。第四ステーションでミシェルがやったように、情報制圧が出来ればそれだけで圧倒的優位に立てるからな。そうした電子専門の母艦を中心に殴り合う今の戦術に、カウンターとして創設された隠密部隊だよ』


 正面切って戦争をする場合は必ずと言って良いほど強力な電子母艦を中心に作戦が展開される。そうした相手や、情報戦に負けている地域での秘密行動など、ゴーストと呼ばれる部隊が活躍する場は多かった。


『となると、こちらのセンサー類も無力になるということか。厄介な相手だ』

『電子母艦のようなセンサーに頼り切りの目標にはきついだろうが、俺たちみたいなただの歩兵からすらすればそう変わらないさ』

『原始的な戦いや情報戦のない局地戦と同じということか』

『そうなるな。ただし、それだけで一般兵に負けるような腕前の奴らに完全ステルスなんて高価な装備は用意されない』

『精鋭ということか』

『そういうこと』


 精鋭とは言えその攻撃方法は至ってアナログで、痕跡を残さぬよう電子機器に頼らない戦闘を行うため、例えばニーナの駆るブリッツのような大きな打撃力は持っていない。

 それでも、そんな特殊部隊が出張っているという事実は脅威だった。そんなところを動かせる権力者が関わっていて、かつ圧倒的な電子能力を警戒しているという事実。


『ミシェルの力に気付かれているってことか……』

『ステーションではフィル・アーゲン。君の力のように振る舞っていたはずだが、そこまで突き止められたと?』

『それならまず俺をおさえに来るだろ?』

『そうかもしれないし、警戒しているからこそ人質としてミシェルに白羽の矢がたった可能性もあるのではないかね』

『どうだろうな。そんな電子能力を持っている相手なら、ゴーストという存在が露見する前にその力で奇襲して意識を奪うんじゃないか?』


 痕跡を追って地下へと入ると、遠くから銃撃音が反響してきた。二人は頷き合い、すぐに速度を上げる。

 交戦状態ということはミシェルたちが追いつかれたということでもあり、同時にまだ手遅れではないことを意味していた。

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