第78話「奇襲成功」

 公共の交通機関であるエアトレインは、運行を終えるとパイプを通じてこの建物内へと入り、リフトで地下へ潜ってから中枢方面の保管庫へと運ばれるようになっていた。

 ニーナたちは狙い撃ちになってしまう地上を通るよりはとそのルートを利用したのだろう。遮蔽物が多く、身を隠しながら中枢に向かえるため悪くはない手だ。


 巡回する警備ポッドに助けは求められないが、相手がゴーストを出して来た以上権限の差で敵になる可能性もあるのだから仕方がない。


 開かれたままになっていた扉をいくつか抜けたところで、アーゲンが手をあげてディーンを制していた。銃撃の反響が近く、断続的に聞こえてくる。


『この先に居る。ディーン、内蔵兵器の使用準備を。前方に絞ってやれるか?』

『出力を絞れば。だがゴーストという特殊部隊なら対抗手段を持っているのではないかね』

『あらかじめ予想していない限りは俺と同じで復帰に5秒ほどかかる。そこを突くぞ』

『了解した。タイミングは?』

『俺が指示を出す。一人目を倒したらだ。行くぞ』

『一人目?』


 ディーンの疑問にアーゲンは答えなかった。通路を曲がった先にまたもや開かれたままの扉があるのはお互いがナビによって表示されたマップで認識していたが、アーゲンの動きは速い。

 曲がり角から銃身だけ出すと、扉の先何もない壁際に向けて非殺傷の銃で射撃した。トリガーを指切り3連射を2回のバースト射撃。


 その途端、何もなかったはずの壁際はぐにゃりと歪みながら手前へ倒れ込んで来た。それは例の光学迷彩、映像屈折で周囲と同化するマントを着込んだ兵士であり、その敵が倒れ込むのを見届ける事なくアーゲンは次の行動に出る。


『ディーン、通路の先に撃て! ナビ、無力化した敵の拘束頼む!』


 言いながらディーンの背後へと回り込み、御互いの背中を預け合わせるような恰好となるアーゲン。ディーンはすぐに内蔵兵器を発動し、前方180度に絞ってその波動を放った。

 何の反動も音もなく放たれたそれはこの先数百mに渡って生物の中枢を過剰に刺激する。いくらゴーストが特殊部隊でその対応策を持っていたとしても、ステーションでアーゲンがそうであったように、復帰までの数秒は動けない。


 アーゲンはナビを通じて発動終了のタイミングを見てから走り出した。ディーンの背中から通路へと飛び出し、ラインを外して全速力で駆ける。ディーンもこれに続き、ラインを外しながら通路の先に注意を向けた。


 敵は全員光学迷彩を着込んでいるのか、非常灯の下で小さな揺らぎとしか見えない程度に何か所かが歪んでいる。あれでは身体がどの位置にあるのかよくわからず、ディーンは撃つに撃てなかった。


 それに対しアーゲンは躊躇わず撃ち続ける。右、左、左。と揺らいでいた空間を3発のバースト射撃を二回ずつ叩き込み、その度に小さな呻き声が上がった。

 ものの数秒。最後の敵がどうにか復帰して銃を構えようとしたあたりで、アーゲンはその一人を撃ち倒し、交戦していた敵の制圧を完了していた。


「見事なものだなフィル・アーゲン」

「まだだ。一部隊にしては数が少ない」


 アーゲンが周囲を警戒し、通路の先を見ながら鋭く言う。今しがた倒し、ナビが一人ずつ拘束している人数はたった6人。アーゲンの記憶では少なくとも一部隊12名は居るはずだった。


「っつ、ディーンの内蔵兵器ね。はぁ、はぁ。私のことも考えてよね全く」

「ニーナ!」

「ストップよフィル」


 通路は丁字路となっており、丁度その分岐点に陣取っていたらしいニーナはよろよろと出て来ると、手にしていたライフルを構えていた。


「何しに来たのよあなたたち。逃げ出したって聞いたけど」

「そりゃ助けに来たに決まってんだろ」

「……助け? あんな口論のあとに?」

「馬鹿言うな。口論になる前に逃げたくせに」

「なによ……。あれだけ否定したくせに」

「俺以外に誰がお前に言ってやれんだよ。それで、ミシェルは?」

「そうだった。奴ら何者? 足止めして護衛と一緒に先に行かせたんだけど、壁際に追い込まれて。一部が追って行った。助け、というなら急がなきゃ」


 緊張の糸が途切れたか、少しふらついたニーナをアーゲンは支え、通路の先を睨む。今回は奇襲がうまくいったが、残りの奴らに同じ手が通用するのかどうか。

 基本的に作戦行動中のゴーストは通信を行わないはずだが、ディーンの内蔵兵器が届く距離に先行部隊が居たのなら手段はバレているだろう。


「対電子のゴースト部隊だ。隠密作戦に全ての装備を割り振ってる奴らだよ。ミシェルなら感知できるのかもしれないが、通常手段ではほぼ発見できない」


 言いながら、アーゲンはナビがまとめて拘束した一人の首筋にグリップを向ける。この先運よく間に合うなんて楽観は出来なかったのと、ディーンの手の内が知られた可能性を考えて、ここにいる捕虜から情報を引き出そうという算段だった。


「その手を止めてもらおうかフィリップ・アーゲン中尉」


 通路内に低いどすの利いた声が響く。その声にアーゲンたちが銃口を向けつつ振り向けば、そこにはぐったりとしたミシェルに銃口を向けた髭面で色黒の男と、数名の兵士たちの姿があった。

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