第79話「チェックメイトその2」
ミシェルを左腕で抱え、右手で携行用の小型銃を向ける男はにやりと不敵な笑みを見せつける。
周囲を固める兵は油断なく銃口をアーゲンたちそれぞれに向け終えており、アーゲンたちはそのミシェルという人質を前に動くのが一手遅れ、それが決定打となっていた。
「お前は……」
「いや驚いたぞ運び屋。お前が、まさかあのフィリップ・アーゲンだったとはな」
「こっちこそ驚きだ。宙賊の親玉にしては大層な部下を持ってるじゃないか。それで。今更ベルトでも取り返しに来たのか?」
「ふはははは、ベルト程度くれてやる。俺はもっと良いものを貰うからな。例えば、この子だ」
男はぐいっと左腕のミシェルを引き上げて頬ずりをしてみせた。黒い髭が頬をなぞり、気を失っているミシェルが眉をしかめている。
「捕まったはずの宙賊のボスがここに居て。それも上官として姿を現したってことは、グビアもいよいよ本気のようね」
「ああ、ニーナ・ハルト伍長か。その節は世話になったな。しかしまぁ無駄骨だったようでご苦労ご苦労。さて、何時まで余裕ぶってんだお前ら。武器を捨てな」
アーゲンたち一行は武器をその場に置き、両手を上げた。その動きを見てから、ゆっくりとマントを羽織った兵士たちが前進してくる。
銃を構えたまま上体を揺らさない独特の歩行で、5人の兵士が連携し左右や換気口なども警戒しながらの動きだった。
「武器を蹴ってこっちに寄越せ。それとナビ、お前は地面に降りろ。ったく、うちの可愛いゴーストをやってくれたなアーゲン中尉。お前の目から見てどうだった? 30年前あんたが指揮していたゴースト部隊とどっちが優秀だ?」
「さてな。俺はフィリップ・アーゲンそのものじゃないんでな」
アーゲンたちが言われた通り武器を蹴り出すと、兵士たちは油断なく近づきアーゲン以外を拘束していった。後ろ手に金属製の拘束具を嵌められ、うつ伏せに寝かせられるディーンとニーナ。
「おっとこりゃ悪い。二階級特進だったな。そのコピーが、どうしてあんな辺境の星で運び屋なんてやってたんだ? 教えてくれよ。どうしても、わからねぇんだよ」
「さて……ぐっ」
一人拘束されず、両手を上げていたアーゲンの前にやってきた男は惑星ナーベルでやったように、顎で部下に指示を出してアーゲンを殴らせる。
銃のストック部分、肩当を使った殴打は腹部へと入り、アーゲンは呻き声をあげて膝を折った。
「おめぇの記録は断片的にしか出て来ねぇ。こいつは異常だぜ? うちのメインはこの子と同等のレガシーだ。空間を越えて接続できる。防壁装置も物理的距離も無視だ。なのに、お前の記録がねぇ。どういうことだフィリップ」
「空間を越えて? いや、それよりミシェルがそうだとどこで気付いた」
「おうおう。質問してんのは、こっちだぞ?」
「がはっ」
膝をついて男を睨み上げていたアーゲンに、再び兵士が銃床で殴りつけた。側頭部を殴られ、床に突っ伏すアーゲン。頭からは血が滴り、あたりに血飛沫が飛んでいた。
「いや懐かしいな運び屋。こっちもてっきりお前がキーマンだと思ってたんだがな。一杯食わされたよ。記録上、この子はお前の所有物とされていた。惑星に入る前からのお前の趣味だ。だからこそ、ナーベルで拾い物をしたのはお前だと思っていたんだがなぁ」
「なんだ、その記録。俺は変態かよ」
「そう。おそらくそこのハルト伍長の仕業だろう。存在を0には出来ないが、すり替えてしまえば気にもされない。ステーションでお前の扱いが雑だったのもそのせいだな。……おい」
男がまたも顎で部下に指示を出す。すると、通路の先から引き摺られるように、一人の若者が連れられて来た。
顔のあちこちが腫れあがり、ぐったりとした若者は床へと放り出され転がっていく。それは、首都に降りる前に別れたはずのアイン・ララベアだった。
「アイン、大丈夫なのか!?」
「せっかくステーションでこいつにアンカーを仕込んでおいたってのに。監視すら放棄しやがって、職務怠慢にも程がある若造だ。だがどうだろう。回収してみてビックリだ。どう見てもミシェルって子の扱いが記録と違う」
「お前ら、アインに何をしたんだ」
「ちょっと脳みそを開いただけだ。怒るようなことかよ。ま、手順をすっ飛ばしたから後遺症は残るがな」
力なく動かないアインを男は蹴って通路の脇へと退かし、しゃがみ込んでアーゲンを睨む。
「惑星ナーベルでも聞いたな運び屋。おめぇは何者だ。どんな任務であそこに居た。真面目に答えろ。でなきゃ一人ずつ殺す」
「なんでそこまで俺にこだわる? 目的の拾い物は回収したんだろ……?」
「なぁ運び屋。一度だけだ。次はぐらかしたら殺す。お前以外をだ。別にお前以外を殺し尽くしてからゆっくり調べてもいいんだぜ俺らは。だが手間だ。よく考えて発言しろ」
「……」
場が静まり返る。アーゲンのその躊躇を、男は許さなかった。ミシェルに向けていた銃口を対象に向け、引き金を続けて二度引いた。乾いた音が通路内に反響していく。
銃口から上がる硝煙を揺らし、男は再びミシェルのこめかみに携行銃を突きつけた。じゅっと肉が焦げる音がする。
「一人目だぞフィリップ・アーゲン!」
アーゲンの右後ろで、水音と呻き声が混じる。ディーン・フィポッドがうつ伏せのまま至近弾を受け、歯を食いしばって痙攣していた。
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