第80話「覚醒その2」

「アンデッカーだからとて安心するなよ? こいつはプログラミングされた毒入りだ。ナノマシンを暴走させる。さぁ早く答えろ!」

「コードネーム“SwarmLord”。それが俺だ」


 上体を起こし、頭から流れる血で右顔面を染めながら、アーゲンは答えた。なおも、右後ろからは痙攣するディーンの苦悶の声が流れて来る。これ以上犠牲者は出したくなかった。


「群れの王、ね。その単語は断片的に出て来た。それで、そいつぁ一体なんだ?」

「30年前反政府側の工作により阻止された即応兵士。インスタントソルジャーの縮小廃止によってゴーストは一度死んだ。あんたら友軍グビアの計画的封殺で、当時の英雄フィリップ・アーゲンは死に、連邦は精鋭と量産手駒の両方を失ったわけだ」

「工作……? どういうことよフィル!?」

「おいおい、今良い所なんだ。邪魔するなハルト伍長。説明してやれフィリップ」


 自分が30年前の運動で振り回されていただけに、ニーナは思わず声を上げていた。ミシェルを抱えた男は反応が面白かったのか、実に愉快そうにアーゲンに説明を促し、にやにやと笑っている。


「敵対する組織からすれば、インスタントソルジャー。即応兵士は脅威だった。それがあの大運動の発端なんだニーナ。世論にリークして操作するだけで脅威の軍隊は縮小され、その穴埋めにゴーストは表舞台に立たされた。そして、当時友軍だったが連邦のゴーストを邪魔だと思っていたグビアにより部隊は孤立させられ壊滅。ゴーストを率いていたフィリップ・アーゲンは殉職により二階級特進して中尉になった」

「そこまでは知ってる。それで、どうなった?」


 アーゲンはわざと前後関係から話を進めていた。当然目の前の男は知っているだろう事実だったが、ニーナは食いつく。この男の性格ならと踏んでの時間稼ぎだ。


「俺は造られた側だから、何処までが本当かは知らんぞ。ただそのグビアの行動と、兵装をグビアに頼り切りになっていく流れを見て、軍上層部は危機感を持った。そこで、かつての英雄の知識と経験を、最新鋭の対電子素体に組み込む新たな兵士が20年程前に構想されたらしい」

「それがお前か」

「ああ。ただし失敗作だ」

「ほう?」


 男は興味深そうに目を丸くしていた。それでも、ミシェルに突き付けた銃口は一切ずらさないのだから恐ろしい。先ほどからアーゲンも隙をうかがっているのだが、なかなか反撃する糸口がなかった。

 左右、特に後方でニーナとディーンを見ている兵士たちは見る事すらできない。この状況で何か打てる手はないか。考えながらアーゲンは言葉を続けた。


「軍部とフィリップ・アーゲンは度々衝突していてな。反抗的な性格まで継承されたら困ると、戦闘に耐え得る年齢の素体に無数の実戦記録と、幼い精神を同居させたのさ。いいように洗脳するつもりだったんだろう。その結果、耐えられなかった」

「ああ、そういうことかフィリップ。いや、フィル・アーゲン」

「……精神が崩壊した実験体は幼児化し、御覧の通り。廃棄された末に運び屋なんかをやっている」

「なるほどそいつぁ別人だ。だがその身体、対グビアの最新鋭なんだな?」


 男の問いに、アーゲンは二度三度と首を振る。半分自棄になったかのような大袈裟な動作だ。その動きで、左右後方の兵士の位置を確認。


「10年ほど前の最新鋭だがな。構想から10年かけてこの体たらくだ。何より表立っては人種保護だなんだと振りかざしておいて、裏ではこれなんだニーナ。そんな法に何処までの価値がある?」

「……、それでも。それでも誰かが守ろうとしなければ、人の尊厳は守れない。私や、あなたのような存在が生まれないためにも」


 ニーナに呼びかけ、再び後方を見やるアーゲン。左右少し離れた後方に一人ずつ兵士が陣取り、一人がナビの脇を固めているのが見えた。

 前方の男を補佐する一人と、アーゲンをすぐ撃てるように構えた兵士が横に一人。あと一人はおそらく男の後方で透明化し、後方警戒を担っているだろう。


 各種レーダーに頼らないからこそ、常に各方位を警戒するゴースト部隊。その中でフィリップ・アーゲンが守らせたのは必ず一人を完全隠蔽して後方警戒に当てる事。

 今来た方向だからという油断が最も危ない。それを知っていたからこそ最初の奇襲で一人目の居場所を見抜き速攻で沈めることができたのだ。


「生まれないため、ね。なぁニーナ。この世界の何処に、原種と呼べるほどの人類が居るんだ? なぁグビアのあんたならわかるだろ?」

「ふん。そりゃそうだ。そんな原種は1000年以上前に俺たち新種が滅ぼしただろうハルト伍長。そっちの記録にはないのか? いや、そんなはずはねぇな。隠してるだけか。産まれながらに首根っこに電子機器の受容体がある生物なんて、居るわけねぇだろ」


 アーゲンと敵のはずの男から言われ、ニーナは黙り込んでしまった。アーゲンは稼いだ時間で必死に考える。兵士の数が多すぎる。それも雑兵ではなくゴースト部隊だ。

 配置も遠く、多少暴れたところですぐに制圧されてしまうだろう。あの時のようにミシェルの援護はない。どうにかニーナとタイミングを合わせて目の前の男を人質にするくらいしか……。


「あ、れ……。ここ、は?」


 そう考えていると、か細い声が漏れてきた。男が抱えていたミシェルの目が薄らと開いていく。そのまま首を回し状況を見て、その声は困惑したものへと変わって行った。


「おい。追加投与はしたんだろうな? 復活が早すぎる。ここで良い。完全覚醒前に解体しろ」

「な、おい!?」

「当たり前だろう運び屋。俺はこいつの脅威を知っている。文字通りこの身でな」


 立ち上がりかけたアーゲンは三度銃床で殴り飛ばされ、その背中に男の足が乗っかった。体重をかけた踏みつけにより、肺から息が漏れる。

 男からミシェルを受け取った兵士は朦朧とするミシェルの首へアンプルを刺し込み、再び眠りについたのを確認してその場に降ろした。


「そこでじっと見とくんだな運び屋。お前らの武装解除が済んだ以上、あれは危険な兵器だ。そのままはまずい」

「おいおい、冗談だろ? まだ子供だぞ!」

「ふははははは、そんなこと関係ないってのは生まれたてで廃棄されたお前が身を持って知ってるだろう?」


 兵士が取り出した工具は、腰からラインで繋がっていて、アーゲンが装備しているグリップにそっくりな形状をしていた。

 ただし、その手持ちの先端は鋭利な刃物となっており、電源が入ったそれは赤白く輝くほどの熱を出している。出血がないよう手早く焼き切って解体するための道具だ。


 その刃が、寝ているミシェルの太もも付け根へと入れられていく。強固に気を失わされたミシェルは叫び声もあげず、すんなりと刃は骨まで達し、肉の焼ける臭いと骨にひっかかる音がコツリと鳴った。


「結局こうなったのですか。ただの遭難者だというのに。あなたたちは懲りませんねグビア。次私たちに手を出したらどうなるか警告したでしょう。私は、姉妹機とは違います」

「くそっ、別人格で自律だと!?」


 目を閉じたままのミシェルは口だけを動かしてそう発言していた。遭難者、そう自分を称した少女。アーゲンはその口調に覚えがあった。初めて会ったときの、ナビを取り込んだ得体の知れない少女。


 その正体を知っているのか、慌てる男を尻目にミシェルは。いや、ミシェルの姿を借りたものは、何かを発動させたのだった。

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