第81話「混乱」

 煌びやかな繁華街に位置した広場には寄り添うように固まった集団や、車座となって談笑するいくつかのグループがあった。

 それは慣れぬ旅路の果てに贅沢に酔いつぶれた者たちや、店でたまたま意気投合した者たちの集まりであり、この辺りではよくある光景だった。


 そうした観光客の一団が精査されることは滅多にない。道行く人々は時間帯によってチェックを受けることもあったが、そうやって楽しんで良い気分になっているお客さんの気分を害しても観光地としては良い事がないからだ。むしろ首都側は休憩用の長椅子や机まで設置して歓迎しているくらいである。


 その特性を知ってか知らずか、泥酔して身を寄せ合う中心には身を隠しているユータス・オデオンの姿があった。

 活発にやり取りをしている周囲には合わせず完全に寝たふりを決めている。声紋認証で特定されても困るからか、話しかけられても無視して目を瞑っていた。今は巡回する警備ポッドすら信用できない。


 警備ポッドとは卵を横にしたような形状をした自律機械のことで、様々なところを巡回飛行して犯罪を防いでいた。本来なら被害者がまず助けを求めるべき相手である。

 しかし今回ユータスが逃げ出した相手はどうにも政府が絡んでいそうな相手だった。そのため、アーゲンが手配したはずの助けが来るまで、ユータスはひたすら隠れている。


「失礼。ユータス・オデオン?」

「ひっ……、人違いだ」


 だから、声をかけられてもユータスは裏声を使って無駄な抵抗をしていた。裏声程度で声紋認証を誤魔化せはしないのだが、それでも間近に迫った危機は恐ろしいのだ。


「あの、その程度で声紋認証は突破できませんよミスターオデオン。警戒せずとも、私がフィルに頼まれた、優秀で頼れる同僚ことランです」

「あ、あんたが。優秀で頼れるぅ? おいおい本当かよお嬢ちゃん。お、俺を謀ろうってんじゃねぇだろうな!?」


 ユータスの周囲に居た数人は酔っ払いだろうか、気分よくランを上から下まで舐めるように見て楽しそうである。にやにやといやらしい笑みを浮かべていた男たちは動かないユータスとランを交互に見て話しかけて来た。


「なんだなんだ。ひひ、おい姉ちゃん。こっちの連れかい? こんなおっさん相手にするよりよぉ俺らと良いことしようぜぇ」

「そうだぜ姉ちゃん。若いうちからそんな変わった趣味に目覚めなくてもよぉ」

「お二人とも、アルコールの摂取もほどほどになさってください。あまり調子に乗りますと、せっかくの休日を塀の中で過ごすことになりますよ?」


 ランの素気無い物言いに泥酔気分を阻害されたのか、男たちは顔を真っ赤にしたまま怒鳴り出す。


「なんでぇ姉ちゃんちょっと綺麗だからってそっちこそ調子にのんじゃねぇぜぇ」

「警備ポッドはさっき行っちまったんだぜ? 今更詫びてもおせぇからな!」

「はぁ。あのですね観光客の皆さん。ここは首都です。ああしたわかりやすい、見てわかる警備はもちろん示威効果が期待されてのことですが。それ以外が動いていないと思わない方が身のためですよ?」


 ランが腰に手を当てそう言うと、酔っ払いたちは目を泳がせて首をきょろきょろと動かし始めた。よほど後ろめたいことがあるのだろうか。

 今の言葉だけでここまで動揺するというのは怪しい、とランが近くの警備ポッドを呼んで詳しく精査させようか考え始めた時だった。


 がくん、と大きく地面が揺れた。数㎝ほど沈み込んで止まったかのような動き。そんな馬鹿なとは思ったが、ランに備わったセンサーはその揺れを正確に感知し、視界内に警告を表示していた。


 突発的な揺れ自体は、常に浮いた状態である首都において珍しくはない。とはいえ生活圏内への影響は各種緩衝機構が緩和しており、工業区で大きな爆発が起きたり、ガス帯で大規模噴出が起きたりしても、僅かに感じられる程度にしかならないはずだ。

 にもかかわらずこれだけ揺れるということはそれだけ大きな何かがあったか、機構より内側の生活圏内で何かがあったか。いずれにせよ普通はないことだった。


「なんだぁ今の揺れ。揺れ、たよな。首都ってのは揺れるもんなのか?」

「いやぁこんなに揺れたのは初めてだ」


 広場にいた全員がその異変を感じ取り、首を巡らしてあたりからその正体を探ろうとしている。その騒ぎに気付いたのか、警備ポッドまで3機で三角形に隊列を組んで戻って来るのが見えた。


 浮遊する3機のポッドが低空飛行し速度を落とす。何の騒ぎか聞き込みに来たのか、それとも事情を説明して落ち着かせるためか。

 卵を横にしたような形のうち下部がスライドして何かの機構がせり出し、ランが止める間もなくその部分が発光していた。


 それはポッド下部に搭載された制圧用武装、電磁ショックガンである。それを、警備ポッドは白地に黒でラインが引かれた機体を見せつけるように悠々と飛びながら、次々とたむろしていた観光客へと撃ち始めたのだ。

 それも出力を限界まで上げているのか、一本の光の柱のように見えるほどの威力で、である。


 はじめ、何人かが一発で黒く変色し倒れていく様に、観光客たちは何が起きているのか理解が追い付かなかった。

 ただ質問し、また犯罪者を拘束する程度に認識していたものが何かを光らせている。それとは別に何やら倒れる人がいる。その二つが結び付けられなかったのだ。


「ミスターオデオン、こちらへ!」

「お、おおお!?」


 ランも一手行動が遅れてしまったが、それでも他よりは早かった。呆気に取られているユータスを無理矢理引き上げ、手を引いて走り出す。

 背後では3機の攻撃行動続いており、10名近くが倒れてやっと、事態を理解した人々が動き出していた。


 あがる悲鳴。黒焦げになった被害者から立ち昇る脂の焼ける臭い。警備ポッドから逃げようと走ってはぶつかり合う怒声。

 現場は大混乱に陥ったが、警備ポッドは動じない。ただ淡々と焼き付く武装を振り回し、手近な人間を焼いている。


「な、一体何がどうなってやがるんだ!?」


 ユータスが真っ先に大声を上げた。今は一刻も早く襲撃者から保護対象を逃がさなければならないというのに、ランも保護対象のユータスも揃って足を止めてしまう。

 何故なら、広場から逃れて角を曲がった先で、全く同じような光景が繰り広げられていたからだ。


 路地の先では警備ポッド二機が飛び回っている。人の数は既に少なく、あたりには黒い元人間が何体も転がっていた。こちらは標的が少ないからか、すぐにランとユータスへと迫る。

 ランはそれに合わせ左手を振っていた。銀に輝く霧状の何かを手の甲側、親指の付け根から散布し前方へまき散らし、半身になって右腕を軽く振って構える。


 散布したものはセンサーを妨害するものだ。人ならばこの距離で妨害したところで構わず目視で撃ってくるところだが、相手は警備ポッド。数秒遅らせるならそれだけで済んだ。

 妨害を回避しようとしたポッドが右側へ回り込んだところへ、ランは振りかぶっていた右腕をしならせ、右から左に振り切った。


 ビシッという打ち付けるような音がして、警備ポッドが地面へと落ちる。ユータスが目を向ければ、落ちた警備ポッドには横一直線に丸い小さな穴が並んでいた。煙と火花が散る孔はまるで銃撃にでもあったかのように深い。


 ユータスがその様子を観察している間に、ランは次の警備ポッドへと狙いを定め右腕を振り抜いた。

 ランの二の腕から肘を通って手首あたりまで通ったパイプのような溝を、遠心力の乗った球体がいくつも滑って発射されていく。


 縦に並んで飛翔するつぶては、まるで斬撃を飛ばしたかのようだ。仲間がやられたのを認識し、こちらへと方向転換しようとしていた警備ポッドは、それをまともに食らい地面へと落ちていく。


「な、なにをしたんだ一体!?」

「ただの礫です。それより、私を優秀で頼れると認識しましたか?」

「あ、ああ。フィルの仲間なんだな!?」

「ただの同僚で仕事仲間ですが、ええ。それにしても、どうして警備ポッドが民間人を。あなたを探しているわけでもなさそうですし、何が目的でこんなことを」


 ランはこれからの行動をどうすべきか決めかねていた。保護対象は確保したが敵は見えず。警備ポッドの暴走で多くの一般人が被害にあっている。それも、この2例を見る限りここだけのことではなさそうだ。


 さっさと保護対象を事務所に届け、自分は一般人の救出をすべきか。それともこの件の原因を調査すべきか。ランが悩んでいると、その内部ナビ機能に通信が届いた。


 それはランとアーゲンの上司、局長からのものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る