第82話「離脱」
ミシェルが何かをしたのは明白だった。通路内部が揺れた途端、男やゴーストの兵士たちが苦しみ始め、ミシェルは走り出す。
アーゲンは考える余裕もなく、すぐさまアインに駆け寄った。この効果が何秒続くかわからない。武器を取り返して交戦するよりも離脱して態勢を立て直すことを優先し、アーゲンはアインを担いだ。
「ニーナ、ディーンとナビを。行くぞ!」
「……ええ!」
僅かな時間。兵士の位置を確認していたアーゲンは、その合間を縫うように走る。目の端でそれぞれの兵士が苦悶していること、そしてニーナやナビにその影響がないことを見て、ミシェルが逃げた方向とは違う方向へ、丁字路を抜けた。
ニーナもアーゲンに言われ、ナビに嵌められていた拘束具のような装置を思い切り脚で蹴り飛ばし、ディーンを担いでそのあとに続く。一瞬ミシェルの逃げた方を見るも、余裕はなかった。
「どうしてこっちに。ミシェルは?」
「ダメだ。あいつら復帰したらすぐミシェルを追う。分散した方が効果的だ。こっちを追って来なければ背後を脅かす。それに、二人の治療も必要だ」
「それはそうだけど」
「ナビ、さっきのは何かわかるか?」
「不明だ。だが我々は対象外にされたらしい」
「味方、と見てもらえたのか。ニーナ先行頼む。ゴーグル取られて道がわからん」
「わかったわ。っていうかフィル、遅い」
「しょうがないだろ肉体的な強化はないんだよ俺は。ナビ、ところどころ痕跡消してくれ」
「了解した」
一行はニーナの導き出したルートを通り、ひとまず身を落ち着ける場所へとやってきた。現在通っている内部通路は他の点検孔と繋がっているらしく、雨水の排出機構へと入り込んでいる。
そうした点検用の一室に入り、二人はひとまずの治療と状況の整理を行う事にした。計器と端末のある狭い部屋だったが、どうにかアインとディーンを降ろす。
「ディーンはどう?」
「あいつの言った通りナノマシンが暴走してるな」
「厄介ね」
「そうでもないさ」
ディーンをうつ伏せにし、背中の傷を確認していたアーゲンと、アインを寝かせて確認していたニーナは、ナビに警戒を任せ治療に入った。
アンデッカーに限らず今代の人類は骨の髄にナノマシンの生産工場を持っている。本来なら大怪我をしてもすぐに応急処置が始まり、医療行為まで持たせてくれるのだが、そのナノマシン自体を暴走させれば軽い傷でもどんどん悪化させられてしまう。
アーゲンは腰装備からグリップを引っ張り出した。ゴーグルと銃は取り上げられたが、腰装備はたかが工具と見逃されており、それこそがアーゲンという特殊素体の真骨頂でもあった。
「群れの王っていうのは、ナノマシンの王という意味だ」
「どうにか出来るの?」
「じゃなきゃそんなコードネームはつかないさ」
戦争にはルールがあった。それはやり過ぎて戦後に獲得するべき価値を損なっては意味がないことや、双方の陣営で兵士たちが逃げ出すような悪辣な行為で戦闘行為が出来なくなり、泥沼化して予算だけ食い続けるような事態を避けるためである。
捕虜の扱いや降伏のやり取り、毒ガスなどの禁止がそれにあたり、表立っては当然守られ。水面下では状況に合わせてグレーゾーンを行き来するものだ。
ナノマシンの扱いもそれに当たる。現行人類の全てが持ち、基本的には生命を助け、戦闘行為においてそこまで大きな戦力とはならないもの。また戦死判定や救難に使われる公的なもの。
アーゲンが宙賊相手にしたような一時的な影響はともかく、今回の暴走や攻撃行為への使用など。対策がいたちごっこになって際限なく双方の負担になりかねないため、ルール上ナノマシンへの過度な干渉は禁じられていた。
「立派な戦法違反ね」
「おかげでディーンは何とかなりそうだ」
アーゲンは両手に握ったグリップをディーンへと当て、ナノマシンの暴走を止めていく。ナーベルで行った一時的に混乱させる原理をもっと丁寧に、かつ正常化させる方向での使用だ。
「アインはどうだ?」
「見た目は酷いけど。ナノマシンは正常だし、やれることはなさそうね。脳の方がどうなっているのか。あとは精密検査してみないと」
「そう、か」
巻き込んでしまったという罪悪感がアーゲンにはあった。ステーションでは散々巻き込まれたが、今回のことはこちらの事情で。それも巻き込まないために離したというのに、最悪な形となった。
「こんな時に何なんだけど、少しほっとした。ごめんなさいねフィル。これまで、何処かあなたはノーマルなのだと思っていたから」
「この状況とあの経緯でほっとされても困るんだが……。まぁ考えてみたらまともな一般人の居ないパーティだよな」
「そうね。確かに。事情から離した二人くらいか」
ニーナは少し寂しそうにアインを見ている。先ほどの尋問で判明した事実は、色々とニーナにとって衝撃的な事だったのだろう。アーゲンはそれを見て、ひとつ咳払いをしていた。
「ま、だからさニーナ。保護法なんて曖昧で、かつての人類が残したものを引き継いで、今最先端を走ってるのは俺らなんだから、そこまで拘らなくても良いんじゃないかって俺は思うよ。自分がそうだからってのももちろんあるけどな。そんな、自分を否定するような法をご丁寧に守らなくてもさ」
「そう、かもね。何処か、自分の人生を振り回した法だからこそ、素晴らしい法であって欲しかったのかもしれない。ほんと、あなたに言われた通り。これじゃとんだ少女趣味ね」
そうやって二人が互いに苦笑していると、外を警戒していたナビから通信音が鳴った。それは、アーゲンが叔父貴と呼ぶ人物からの通信だった。
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