第83話「第13課、始動」
アーゲンはナビに生成させたラインを自分とナビに繋げ、ニーナにも差し出した。ニーナは一瞬迷い、アーゲンが頷くのを見てからそれを首筋へと繋ぐ。
『談笑中申し訳ないね。ニーナ・ハルト伍長』
軽そうな男の声が朗らかに二人に届いた。ニーナにはそれが誰だかわからなかったが、この状況で通信してくる相手ということと、アーゲンの過去を考えれば只者ではないのだろうと推察する。
『あなたが何者かは知らないけど、はじめまして。連邦軍第三師団情報部ニーナ・ハルト伍長よ』
『ご丁寧にどうも。私はフィル・アーゲンの上司をやっている者でね。足長おじさんとでも呼んでくれたまえ』
『フィル、何このふざけた奴は……』
『いや気持ちはよくわかるが堪えてくれニーナ。叔父貴もふざけてる場合か』
『心外だなフィル君。とはいえ状況が切迫しているのも確かだ。不本意だが本題に入ろう』
本題に入るのが不本意とはどういう意味なのか。ニーナは思わず顔を顰めてアーゲンを見てしまったが、アーゲンは慣れているのか気にしていなかった。つまり、普段からそういう人ということか、とニーナは理解する。
『この通信はランにも繋がっている。さて、君らも何かが起きたとは勘付いていることと思うのだが、丁度3分ほど前に首都圏域全ての自律機械が一瞬だけダウンした。たったコンマ数秒のことではあったが、この意味がわかるかな?』
『全てってことは、まさか』
『流石ハルト伍長。どうだいうちに就職しないかい?』
本題に入るんじゃなかったのか、とニーナは何故か目の前に居たアーゲンを睨む。アーゲンとしてもその意味を理解するためにさっさと説明して欲しいところだった。このままではニーナの八つ当たりを自分が受けかねない。
『……あなたたちが何者なのかすら知らないわよ』
『叔父貴いいから説明してくれ』
『局長、ふざけている場合ですか』
三者三様のお叱りが通信に乗る。事態が事態だというのなら、ふざけている場合ではない。別の場所で通信を聞いているらしいランまで口を挟むとはよっぽどのことだった。
『おやおや、こいつは大
『アンカーまでだと……?』
アーゲンたちも利用した宙域と繋がる軌道エレベータ。これは単純に言うと、静止衛星と呼ばれる惑星の自転と合わせ相対的に上空に静止しているように見える衛星を大きくして、静止したまま地上と繋げてしまったようなものだった。
そのうえ、首都自体がそもそもその静止衛星のようにガス状の惑星に浮いている。その浮き沈みは下部の制御装置で管理しつつも、繋がった軌道エレベータの先、アンカーと呼ばれる超重力制御によって釣り合いを保っていた。
それらが一瞬とは言えダウン――、停止というのだから事態は計り知れない。先ほどの揺れは緩衝機構で緩和されたうえでの揺れ、つまりそれほど大きく首都が降下したということだ。
『制御は取り戻したのか?』
『アンカー、及び下部の制御装置は真っ先に。だが各地は混乱したままだね。ラン』
『はい。こちらは歓楽街にてユータス・オデオンを保護したのですが、警備ポッドを始め自律機械が暴走、各地で民間人を襲っている状態です』
『一体何が』
『おそらく君らが保護した少女の力だろう。首都の観測は空間と位相のズレによる接続を感知した。そちらで何が起きたんだい?』
『グビアのゴースト部隊が急襲、ミシェルを人質に俺たちは武装解除されディーン、アインが重傷。ミシェルがその場で解体されそうになった瞬間、別人格と思われるものが現れ、何かをして逃げた。こちらも体勢を立て直すため一時離脱したところだ』
『なかなかのピンチだったじゃないかフィル君』
『グビアの兵士たちはディーンの内蔵兵器を食らったかのように苦悶していた。ミシェルの力は、俺たちを除外してくれたらしい』
アーゲンが状況を掻い摘んで説明する。それにしても自律機械の暴走とは。今通信を繋いでいるナビを見て、アーゲンはつくづく味方認定されて良かったと思っていた。あの場でナビが暴走していたらどうなっていたことか。
『ナビ、あの時ミシェルらしきものが発言した内容は出せるか?』
『あなたたちは懲りませんねグビア。次私たちに手を出したらどうなるか。私は、姉妹機のようにはなりませんよ』
『ふむ。グビアか。彼らが何らかの力を手にしていたことは間違いない。連邦に負けないという確証があったからこそ、当時のゴーストを排除したのだろうからね。姉妹機という発言から察するに、グビアはミシェルをも確保あるいは連邦に渡るのを恐れたか。そして、彼女自身はグビアと敵対していると』
惑星ナーベルは急にグビアが買収し、そこにあった物資は一切持ち出しを禁じてピーシーズを追い出したという話だった。姉妹機。ゴーストを排除する前に手にした何か。
グビアの狙いはあの異常な力であり、同等の力を持つからこそ。それが連邦に渡るのを恐れたのだろうか。
『その力って何なんだ?』
『今は憶測の域を出ないさフィル君。それに、今重要なのはそこじゃない。君たちが彼女に除外してもらえたという事実だ』
『それが味方判定かどうかは判断の難しいところだが』
『もっと自信を持ちたまえよ。これまで共に過ごして来た日々を肯定的に捉えてくれたのさきっと』
『叔父貴はポジティブ過ぎる』
『ともかくだ。前に叔父さんが言ったことを覚えているね? 君が将来、力のコントロールが可能となったなら。力持つものの責務として、有事の際にはそれなりの働きをしてもらうと。ところで長年苦労していたのに、どうやってコントロール可能になったんだい?』
自分という存在が生み出されたのは、自分が望んでのことではない。そうだとしても、そんな自分を拾い上げ、人として育ててくれた叔父は言ったのだ。
そのことに恩義を感じるのならと。与えられた力をどう使い、どう貢献するか。君が入院時に見ていたアニメにもあっただろうと。どう生きるのか決めるのは自分だと。
これまでヒーローに憧れて力のコントロールを目指して来た部分と、そんな責務や勝手に生み出して廃棄にしてきた政府への反発がアーゲンにはあった。
そんな苦悩を飛び越えたきっかけは、ミシェルだ。自分より小さくか弱い、守らなければならない存在。それを前に戦わなければと思った時、フィリップ・アーゲンの記憶と経験は、すんなりと呆気なく自分のものとなったのだ。
『おいおい話すよ。それより叔父貴、今がその時なのか?』
『そうだねフィル君。今まで我々はどちらかというと非合法でグレーな位置に居たわけだけれど。表の組織は半分がグビアに染まった。そのうえこの非常事態に、宙域に現れたグビア艦隊が迫っている』
『グビアが?』
『ああ。非常事態への即応部隊は我々しかいない。首都の混乱を治めると主張して降下に入った。単独降下だ。軍の艦隊が許可なしにね。ご丁寧にアンカー脇にも艦隊を残している。そこで政府と、第二の生を歩む歴代職員たちは決断した。我々、第13課Exil部隊に立てとね』
グビアの艦隊が迫っている。これは、もはや裏でこそこそとミシェルの獲得合戦をしている場合ではないということか。それどころではなく、もしかしたらこの機に首都ごと制圧するつもりかもしれない。
『第13課?』
『そうさニーナ君。それが我々。つまはじきになった者たちが集まって正義のヒーローごっこをしている集団。連邦保安部の裏組織。あるいは、ただの叔父さんの趣味。保安部第13課。たった数名の精鋭部隊だ』
『正義のヒーローごっこって……』
『いやいや呆れるなかれ。確かに現時点を持って正式に任命された部隊ではある。よほど政府が切羽詰まった苦肉の下策なのだとしてもまぁ。それに、正式な部隊となる前だって。何を隠そう、君に惑星ナーベルへ行けと命令を出したのは叔父さんだよ?』
『はい?』
『叔父貴……』
『そしてそこのフィル君には新たな人材抜擢を頼んだのさ。ハルト伍長がどんな人物か見極めてくれってね。戦闘能力がない彼に表の仕事を与えてのお願いだ。ただの妄想組織とて侮れないだろう?』
『……待って。フィル、それどういうこと?』
叔父貴の趣味が悪いせいだ。ものすごくニーナに睨まれたアーゲンは、ステーションで呟いた台詞を頭の中で再度繰り返していた。ランといいニーナといい、どうしてこう癖のある女性ばかり選ぶんだ叔父貴。
『で、どうするんだ叔父貴』
『彼女に味方と認識されている。これは素晴らしい。フィル君、君は今すぐ彼女の保護に走ってくれ。ゴースト部隊なんて蹴散らして、機器の暴走を止めさせる。この役目は君にしか出来ない』
『わかった』
『味方に引き込んでグビアに立ち向かえれば尚良い。そしてニーナ君』
『私も指揮下ってわけ?』
腰に手をあてながらも、ニーナは渋々頷いている。色々と納得いかない部分というか、突っ込みたいところや言いたいことがあるようだったが、それでも事態を前に軍人の合理性が前に出ているようだ。
『正式な手続きを踏んでいる余裕はないが、保安部13課は権限を越えて命令できる立場になったのさ。まぁ一時的に在籍はもう移させてもらったが。ともかく、君には現場指揮をして欲しい。暴走鎮圧、民間人の保護。そして、侵攻してくるグビアの阻止だ』
『まさか、生身の私一人にさせる気?』
『いいや。君のブリッツは降下させた。ランと合流してくれたまえ。それとラン、武装制限解除だ。全ての機能を使って良い。ニーナ君の指揮下で動いてくれ』
『わかりました。保護対象、ユータス・オデオンはどうしましょう』
『もはやグビアも彼に構う理由がない。一般人保護と同じ扱いで良いだろう』
『わかりました。それではニーナ・ハルト伍長、よろしくお願いします』
『わかったわ。とにかく私は現地に向かえば良いのね。釈然としないけど、グビアに良いようにやられるのだけは御免だわ』
『ナビにはその場を守ってもらう。通信は首都の機能をリンクさせた。ミシェルという規格外ほどではないが、秘匿通信はやれるだろう。首都の機能を回すほど重要な任務だと心掛けてくれ』
『了解』
状況は整った。アーゲンはミシェルを追い、その保護と出来れば協力要請を行う。ニーナ、ランは合流して暴走鎮圧と一般人の保護誘導。そして、降下してくるグビアの進軍への抵抗だ。
降りて来るグビアの艦隊が一体どれほどの規模なのかはわからなかったが、圧倒的不利な状況なのは間違いないだろう。生きて切り抜けられるかどうか。
『フィル』
『ん?』
『ミシェルに、ごめんなさいって伝えておいてくれる?』
『嫌だ。自分で言え。今回のことで後ろめたいんだろお前』
『そこまでわかってるならちょっとは譲歩してくれても良いんじゃない?』
『甘えるな。自分でやったことは自分でだ。それに、ミシェルだってお前と直接仲直りしたいだろう。俺から言えるのは、切り抜けたあと。全力でミシェルたちが幸せに暮らせるよう手配してやれってことだけだ』
今度はアーゲンがニーナを睨む。しばし睨み合う二人だったが、ニーナはすぐに折れ、大きなため息を吐いていた。
『……そう、ね。はぁ、全く。私が年長なはずなのに』
『ならアホなこと言ってないでしっかりしてくれ』
『わかったわよ! あとで覚えておきなさいフィル』
『断る。全てが片付いたら俺はディーンの奢りで酒を飲むんだよ』
『なら相席させてもらうわ』
『好きにしろ。んじゃ、あとでな』
『ええ。またね』
気安い受け答えで二人はその場をあとにした。奇妙な巡り合わせと、何だか気に食わない叔父の采配で絡み合った二人だったが、御互いへの信頼はそれなりにあって。
だからこそ背中を預けるような面持ちで、それぞれの戦場へと向かうのだった。
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