第43話「面白そうなもの」

 宇宙空間において何かの破片や隕石群が飛び交うというのは日常茶飯事のことだった。いかにレーダーが進化してそれらを把握しようとも、ステーションへ飛来するその全てを排除しようとするのはとても効率が悪い。


 そのため致命的になりそうなもののみ防衛設備で排除し、あるいは飛翔体の軌道を変えて、あとの損耗の低そうなものは装甲で受けるというのが一般的な対処法であった。この場合の装甲とは要するに外壁のことだ。


 レーダー処理の負荷を考え、脅威度の低いものはフィルタリングされ追跡しないため、小さな損傷は常に外壁へと刻まれていく。そうした連続衝突によって広がる損傷修理や脆い部分のケアもまた管理側の仕事ひとつだった。


 アーゲンたちが目指すのはまさにその点検用出入口のひとつ。それもステーションに重力が導入される前からあったと思わしき、タンク横天井側面のもの。

 重力導入後は使われていないだろうそれなら相手の意表をつけると考え、アーゲンはタンク外周の足場を伝って上へと登っていた。


 ここなら、軍が陣取った通路側の天井より左右脇のタンクは背が高く伸びているため、相手から撃たれることもない。警戒されている今がチャンスである。


「まさか、あれか?」

「そういうこと」


 足場の外側を器用に登って行くアーゲンの後ろで、ディーンがそれを見つけていた。天井部分、居住区床下に接続したタンク群の横、中途半端な位置の壁に真っ逆さまになったスライド式の扉が見えている。表にロックと解除を示すゲージが着けられた耐圧式のものだ。


「あんな旧式な気圧ロックを見るのは久しぶりだが、正気かね」

「正気だよ。ディーン、船外活動時間は大丈夫か?」

「それは問題ないが、外周の太陽はどうなっているか把握しているか?」

「大丈夫だ。今は夜側だよ。日光はまだ来ない」


 ステーション内部の時刻設定は昼過ぎくらいのはずだったが、周囲の天体状況は光を放つ恒星が他の惑星の裏側へと入っている。つまり実質この宙域はしばらく夜となっていた。


 恒星の光に直接当たるのは防護服でもない限り危険だった。基本的に船員は夜の部分で作業をし、それでも蓄積線量の関係で船外活動の時間を管理して定期的に洗浄する必要があって、船外活動時間はそのための指標である。


「どうやってあそこまで行くつもりだ」

「こう、やってだよ!」


 タンクが天井と接続する頂上までやってきたアーゲンは、腰から左のグリップ装備を引っ張り出し、限界までラインを引いていく。壁に設置された逆さまの扉に引っかけられそうなところはなかったが、それでもアーゲンはグリップを振り回し、遠心力をつけて、それを扉へと投げつけた。


 ディーンがどうするのだろうと見ている前で、ガチリと大きな音を立ててグリップは扉へとへばりついていた。


「どうなっているのかね。そのグリップは」

「電磁の応用。一人分の体重でぎりってところだから、あんたは自分で渡る方法を探してくれ。どうしてもっていうなら俺が向こうからまたグリップを投げる」


 少しラインを引っ張って強度を確かめたアーゲンは、そのまま足場から空中へと躍り出た。一瞬の浮遊感のあと、一気に速度を増して落ちて行くアーゲン。

 ふわりという内蔵が浮くような不快感が少しあって、アーゲンはそのまま扉に付いたグリップを支点に遠心力がついていき、扉下方の壁へと勢い良く叩きつけられた。


「い、いってぇ……。ってちょっとまてまてまて!」


 想定以上の勢いで壁へと叩きつけられたアーゲンは痛みに悶えたが、その衝撃でグリップが扉を滑るように降下し始めたので大慌てである。巻き取り速度が思っていたより遅かった。

 幸いにもグリップは外れることなく扉下部に引っかかり、アーゲンは冷や汗をかきながらも巻き取りを開始して上がって行った。


 どうにか扉の解錠に取り掛かったアーゲンを見て、ディーンはどうあちらへ渡ろうかと思案する。タンク頂上から壁までは10m近くあったが、開いてさえしまえば脚力で飛び込むことは可能だろうか。


 そんなことを考えていると、ついに回り込んで来た軍部隊が遥か下方で警戒しながら進んでくるのが見えて来た。ディーンは足場の影に隠れられたが、アーゲンは下から丸見えの位置である。


 敵が見上げるより早く行動しなければ危険だが、果たしてアーゲンに秘策はあるのか。手伝わないと宣言している以上、ディーンが何かをしてやる義理はないのだが。そう思い見てみればアーゲンは腰の装備から何かの黒い球体を取り出しているようだった。


 右手ではもう片方のグリップを使って解錠を試みつつ、左手に出した手のひら大の球体を持って下の様子を窺っている。腰から伸ばした左のグリップは伸縮を止めることもできるのか、ラインが固定されたままピンと張って身体が落ちないよう維持されていた。


 そして回り込んで来た部隊のうち一人が上を見上げ、アーゲンを指さし、他のメンバーが銃口を上げたタイミングで、アーゲンはその球体を放り出した。

 それは宙賊たちにいいようにやられた例のフラッシュバンである。いくつか貰っておいたアーゲンはちゃっかりと腰装備に忍ばせ、ナノマシンを纏わりつかせることで検査をクリアしていたのだ。


 落ちてくる球体が爆発物である可能性を考え、兵士たちは即座に雷撃を撃ち込んだ。近場で爆発されるよりはマシという判断だったが、それにより撃ち抜かれた球体は空中で爆発。

 瞬間、球体は見ていた者の目を焼く強烈な閃光を放つ。破片や衝撃、爆風のようなものは出なかったが、それは強力な威力を持って、兵士たちのバイザーに仕込まれた安全装置を起動させていた。


「なんだくそ、安全装置が!」

「見えない!」

「落ち着け! すぐに元に戻る。遮蔽物へ退避!」


 それぞれが転がりながら物陰へと隠れる中、アーゲンは背けた顔で解錠処理を完了させることに成功していた。ゴーグル装備は探知に引っかかる可能性があると外して来たため、顔を背けて目を瞑っていたのだが、それでも強烈な光によってアーゲンの眼はダメージを受けている。


 チカチカする視界でどうにか少し開いた扉へと滑り込んだアーゲンは、中の圧力調整部屋から向かい側のディーンへ合図を出した。ディーンは頷き、一切待たずにタンク頂上から跳躍する。

 アーゲンはいきなりの行動に驚いていた。てっきりグリップを投げるのを待つと思っていたのに、ディーンは瞬く間に半開きとなった扉へたどり着き、何事もなかったかのように入ってきていた。まるで、ちょっとした段差を飛び越えるような気楽さでここまで届いている。


「どうしたフィル・アーゲン。早くロックしないとまずいのではないかね」

「あ、ああ。あんた、どうなってんだ」

「それはこちらの台詞だよ。そのグリップがどうなっているのか是非聞きたいね」

「それは企業秘密ってやつだな」

「ならこちらもそう答えよう」


 にやりと笑って見せたディーンに首を振り、アーゲンは扉横の端末へとグリップを繋いで操作を開始する。グリップの先端に、対象に合うようナノマシンと小さなパーツで万能キーのようにアクセスするアーゲンオリジナルの方法である。


 これに限らず帯電や磁石化など、普通ナノマシンにそんな複雑な事はさせないものなので、ディーンに珍しがられているのだろう。何故そんなことを誰もしないかといえば、集団化させたナノマシンに過負荷をかけるからだ。


 ただでさえ極小だからこそ、ナノという名称のついた機械を固体化するほどの量を用い、それを使い捨てにするほど酷使しなければならない。そんなことをして万能性を持たせるくらいなら、用途に応じて道具を用意する方が良いと普通は考える。


 アーゲンはそこを飛び越えてナノマシンを制御し、壊れたナノマシンは再び素材として新たなナノマシンを構築するリサイクルシステムを作り上げていた。

 誰もやらないからこそ良い、という謎のこだわりだったが今のところうまく行っているし、誰も真似しようとしないのでアーゲンとしては気に入っている。


「良し。これでしばらく時間は稼げる。ディーン、備え付けのスーツはどうなってる?」

「これは、ずいぶん旧式のものだな。この酸素リアクターは使えるのか?」

「一応チェックするが大丈夫だろ。多分」


 外へと出る前段階である気圧調整部屋には、備え付けの対宙域スーツがいくつか配備されていた。それとカードリッジ式になっている酸素リアクターと呼ばれる呼吸用の装備がケースに入ったまま置かれている。


 軽く中を見て識別し、アーゲンとディーンはそれらを服の上から着込んでいく。全身を覆うそこそこ分厚いスーツは白色で、所々に接続用のプラグと、姿勢制御用の噴出孔があった。

 手の握り具合でその噴出具合を確かめてから、二人はお互いのスーツのチェックをし合って安全を確かめる。


 これから出るのは宇宙空間なのだから、何か一つでもミスがあれば死に直結しかねない。時間をかければ他の出入り口から軍部が先回りするかもしれないという危険もあったが、手を抜くわけにもいかなかった。

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