第44話「外壁歩行」

 自分の呼吸音だけが響く静かな世界。地平線のように広がる大きな白亜の外壁を、地道に歩いていく小さな姿が二つ揺れていた。


 ステーションの外壁は広く、所々に受信機やセンサー、送電用の設備など構造物があったり、ちょっとした丘のようにドーム状に被弾対策が取られた部分があったり、なかなかに複雑な構造をしている。


 夜の宙域とは言え完全な暗闇になることはなく、ステーションは常に色んな船が入ることもあってか視界は良好だった。ただ、ここまで走り続けの二人にとって足を踏み外さないよう進み続けるのはなかなかに億劫なことだった。


『フィル・アーゲン、何処へ向かうつもりだ』

『このまま港を出たユータスの船に乗り込もう。問題はどうやって連絡を取るかだな』


 二人は傍受されないようスーツに備えられた緊急時用の短波指向性通信を行っていた。これならばよほど位置を特定されない限り聞かれることはない。軍や憲兵隊が本気になればステーションのセンサーを駆使していくらでも捕捉はされるだろうが、それでも手続きに時間がかかるはずだ。

 そう思い、これからのことを組み立てていたアーゲンの耳に割り込んで来た通信が入る。


『アーゲンさん?』

『なに!?』

『どうしたフィル・アーゲン』

『いや、何でもない。ちょっとマップ情報を見ていただけだ』


 アーゲンはディーンとの通信を切って、どうやってか入り込んで来たミシェルとの通信に集中する。彼女の力を考えればやれないことはないのだろうが、それにしても派手な動きであることは間違いない。


『どうしたミシェル』

『あの、それがですね……』

『フィル、あんた何したの!?』

『ッ……! ニーナ、どうしたんだ?』


 言いにくそうなミシェルの小さな声をよく聞こうと音量を調整した直後、アーゲンの耳をニーナの大声が貫いていた。


 あまりの衝撃に頭がくらくらし、後ろについていたディーンが訝しんでいたが、流石にミシェルの能力を知られるわけにもいかない。

 つとめて平静さを取り繕って、アーゲンは耳を傾ける。一体何が起こっているのか。


『どうしたもこうしたも。あなたテロリスト認定されそうよ? おかげで保護対象だったはずのミシェルまで、フィルのナビ機能を引き継いでいる以上重要参考人ってことになっちゃったじゃない』

『追われてるのか?』

『表面上は協力要請だけど、実質それよ』

『管理区域に逃げ込んだのがまずかったか……?』


 ステーション崩壊を招きかねない区域に指名手配犯が入り込んだのだから警戒されるのは当然だと思うが、軍部も憲兵隊もこちらの事情をある程度知っているはずだ。無用な混乱を生むような真似はしないとアーゲンは考えていたのだが。


『それだけとは思えないわね。一応宇宙船は私が押収した形にして確保してあるけど、これもいつまで持つかわからない。私たちはなるべく早く脱出して予定通りに行動するから、フィルも急いで』

『ああ、それで一つ頼みたいことがある。今ステーション外壁に居てな』

『なんでそんなところに居るのよ』

『色々あってな。ユータスにランデブーポイントを伝えて欲しい』


 軍部と憲兵隊が本気ならこの場所もすぐ特定されてしまうだろう。急いで行動しなければならない。何がここまで相手をその気にさせてしまったのか。

 グビアが圧力をかけているのか。内部に何等かの意図があるのか。ミシェルとニーナに情報を送りつつ、アーゲンは足を止め後ろのディーンへと振り返っていた。


『……ディーン、お前が隠していることは一体なんだ?』


 ミシェルたちとの通信を切り、再びスーツ同士の短波通信へと切り替えたアーゲンは、真っ暗な空の下でディーンへと問いかける。

 ここには二人しかいなかった。何を話しても、何があったとしても、今のところ誰にも知られることがない空間。


 問われたディーンは、何時ものように。にやりと笑っていた。

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