第45話「ニーナとミシェル」

 ニーナとミシェルはジョシュを送り届けたあと、待ち伏せていた憲兵隊に協力要請を打診されていた。要請、と言いつつも有無を言わさずにこちらを確保するつもりなのか、あちらはこちらを取り囲んでの主張だった。

 これに対しニーナは軍を通さなければ応じないと、ステーションではなく首都にある連邦情報部の権限を主張し、どうにかこれを退け一路港へと急いでいた。


「どうなっちゃうんでしょうか」

「そんなに心配しない。本気で私たちをどうこうする気なら軍を通して通達が来るわよ。その場合軍属の私に拒否権はないんだから。それをしてこない、できないってことは憲兵隊独自の動きじゃないかしら」


 緊急事態と判断し、ミシェルの力でアーゲンに連絡をつけた二人は広い通路を足早に歩いている。ニーナはもっと速度を出すことも出来たが、ミシェルに合わせた歩行速度だ。

 それでもミシェルにとってはとても速く、そのことが余計不安を大きくしてしまっていた。なぜ? を考えるとどうしたって止まらない。


「憲兵隊って、ポリス機構とは違うんですか?」

「あー、ミシェルは首都育ちだものね。都市や生活圏はだいたいそういう組織だけど、宇宙に出るとちょっと違うのよ。いざという時にもっと宙域含めて動けるよう軍が目を光らせてて、憲兵隊はそこから派生した組織」


「でも軍とは違うんですか?」

「そ。軍が好き勝手やっちゃった時代があって、相互監視じゃないけど。別の組織化したってわけ。でも本質はポリス機構よりは軍寄りの集団だから気を付けて」

「そんな組織がなんで……」


「考えるだけ無駄よ。情報が少な過ぎるわ。それにしてもやっぱりステーションって息苦しいわね。情報が閉鎖的だし」

「グビアと、繋がりでもあるんでしょうか」

「気になるの? ミシェル」


 少し速度をゆるめ、ニーナはミシェルを確かめた。軍人として、優先すべき行動順位はわかってはいたが、それはそれ。ミシェルは民間人であり、まだ子供で。ここまでの流れを考えれば心的負担は大きいはずだ。

 問われたミシェルは足を止め、俯いてしまう。


「それは……。気になりますよ。私がどうしてあんな所に居たのかだってわからないし、この力もわからないのに。……わからないことばかりで。そのうえ、ポリス機構みたいに守ってくれるはずの人たちが、アーゲンさんを犯罪者にして。今度は私まで」


 言いながら泣き出しそうに声を震わせてしまうミシェルを、ニーナはそっと抱き寄せた。

 合理的に、必要なことを、ついそう考えてしまう自分の行動はミシェルを追い詰めていたのかもしれない。ギルバート、だから私は親になんてなれないのよ、とニーナは内心で寂しく思う。


「ごめんミシェル。私が無神経だったわ。ともかく、今はここを脱出しましょう。それから、宇宙船の中でじっくり検討ね。来るときは触れなかったけど、色々はっきりさせたいんでしょう?」

「……はい」

「うん。そうよね。わからない方が、不安よね。私もそうだった。忘れてたわ」

「ニーナさんも……?」


 少し落ち着いたミシェルから身を離し、膝をついて視線を合わせたニーナは、瞳を揺らすミシェルに笑いかけて続ける。その手は優しく、ミシェルの肩に置かれていた。


「そうよ。私インスタントって揶揄される即席兵士だったんだから。生まれたらもう成人手前で、いきなり戦場。でも戦闘に関する知識だけはインストールされてるの」

「そんな」

「ううん。当時はそれが普通だった。問題はそのあとよ。いきなり“かわいそう”って戦場から外されて、わけがわからなかったわ。それしか知らないのに、いきなり自由にしろって言われてもねぇ」

「軍がそうしたんですか?」


 今と状況が重なったのか、少し不安そうな声をあげるミシェル。ニーナはゆっくりと首を振り、ミシェルの肩をさすって慰める。大丈夫、と。


「軍は、良くしてくれたわ。よくわからないのは周囲よ。だから、どうしていいかわからない私たちを保護して良くしてくれた軍に残った。ってまぁ」


 さすっていた手を止め、ミシェルの肩を掴んでその揺れる瞳と見つめ合うニーナ。

 大事なことは、目を見てしっかり伝えなければならない。合理的にやったって心には届かないことを、ニーナは長年の経験で知っていた。


「大事なのはねミシェル。あなたもわけがわからない状況に放り込まれて不安かもしれないけど、生きてるってことよ。だったらとりあえず突破して、考えるのはそのあと。今は、難しいことを考え過ぎない。お爺さん、待っているんでしょう?」

「……はい。心配、していると思います」

「なら、力とか事情なんてあとよあと。今は無事帰り着いて、お爺さんを安心させてあげましょう? 元の生活に戻ってからひとつずつ疑問を解消していったって遅くはないわ」

「そう、ですよね。はい。色々と怖いし不安だけど、お爺様が待ってますから。早く帰らなくちゃ」

「その意気よミシェル」

「はい!」


 元気よく返事をするミシェルの無邪気な笑顔を見て、ニーナの心にちくりと痛みが刺した。ミシェル・シュバーゲンと共に暮らしている祖父ヴェレン・シュバーゲンとその本宅は、既に調べがついている。


 ニーナは、ステーションについてから祖父へ連絡をしたいというミシェルの希望を断っていた。ゲート通信はどうしたって秘匿できないし、裏に居る組織からミシェルという存在を隠すため、でもある。


 自分はどうするべきなのか、悩んでいるのはニーナも同じだった。ただ少し、長生きしていたことと、軍人として行動すべき点を優先して、それらを言い訳に結論を先延ばしにしている。


 ニーナは十分強いだろ、か。

 ニーナはアーゲンに惑星ナーベルで言われた台詞を思い出していた。強ければ、苦悩なんてしないんだけどな、と。

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