第46話「やってやる」
「憲兵隊だらけね」
「どうしましょうか」
港についたニーナとミシェルは出港手続きの順番待ちをしながら、こちらに目を光らせる憲兵隊の数に辟易としていた。やはり連邦情報部に話は通せなかったようで、表立って接触してくることこそなかったが、自由にさせてくれる気もないようだ。
出港ゲートは広く、多くの人が思い思いの過ごし方をしている。たまに作業用機械が行き来もする中央通路は広く、左右に休憩スペースや手続所、売店など多くの店が壁にくっつく形で立ち並んでいた。
データ的に出港手続き自体は簡単なのだが、船の数が数だけに全てをご自由にというわけにもいかず、航路の重複や安全点検といった実務作業にどうしても時間がかかってしまう。
『さて、どうしたものかしら。奴ら接触してくる気はないみたいだけど、逐一監視されてるとなるとやりにくいわね』
『ユータスさんに伝えないといけないんですよね』
二人は休憩所に並んで座り、堂々と有線を繋いでの通信を行っていた。そこまで秘匿するような会話をしている、と憲兵隊に見られていることは確かだが、ここまであからさまならいっそ見せつけてやろうというニーナの性格である。
幸い行為自体は咎められるようなことではない。ただ一般人からすれば何をそこまで、という話くらいで。二人の時間を過ごしたいという熱々カップルが時たまやっているのもあってそこまで気にされない。
『向こうも外壁で捕捉されたら逃げようもないし、かと言ってユータスにミシェルの力が知られるのも避けたいのよね。となると……』
『となると?』
『気はすすまないけどギルバートに頼るしかない、か』
『ニーナさん、どうして気がすすまないんですか?』
問われてニーナは隣に座っているミシェルを見やる。ちょっとした疑問かと思ったが、ミシェルの眼差しは真剣なものだった。
『ギルバートさん、ニーナさんの役に立ちたいって言ってましたよ? 奥さんだって』
『そうは言ってもね。妻子持ちで、それもステーションに居を構えてるんだから、あまり迷惑はかけられないわよ』
『迷惑、じゃないです。二人とも、喜んでました。やっと出番が来たかって』
出番だなんて縁起でもない。軍を抜けたのだから、ギルバートは友人という立場で居て欲しいというのがニーナの本音だった。
せっかく、命の危険がある仕事をやめて店も順調なのだから、そうやって築いたものを危険に晒さなくても良いだろう。
『変な恩義を感じてるんだから……。私は確かに軍属時代色々世話して、そこには命を救うような状況もあったけど。それはお互い様でしょ?』
『それでも。誰かの役に立ちたいと想うことは間違ってないです。特にニーナさんは一人で抱え込むからって心配してましたよ?』
『一人で抱え込む、か。それは確かに、そうかもね』
思わず、ニーナはミシェルから視線を外していた。痛い所をついてくる。ギルバートは私が抱えているものを見抜いていたのだろうか。
そんな素振りを見せた覚えはないが、長い付き合いだ。何だかんだ敏い男だったっけ、とニーナは過去を振り返っていた。
その態度を見てミシェルがどう思ったのかニーナにはわからなかったが、ミシェルが言葉を止めることはなかった。
『大事なのはギルバートさんたちの気持ちじゃないんでしょうか。二人は恩義を感じていて、それを返したいと思っています。私は、その気持ちを無碍にするのは違うと思います。それに、それだけニーナさんがやってきたことが正しかったということだと思いますし、何より義務とか仕事とか抜きで、そうやって気持ちのお返しがし合えるというのは、とても素敵なことだと思います。それだけ、感謝されるようなことをしたんですよニーナさんは』
そこで、ミシェルは横からニーナの手を握って引っ張った。ニーナはその動きに外していた視線を思わず戻し、正面からミシェルを見てしまう。
『だから、私もです。私も、ニーナさんたちには感謝してるんです。だから、どうか役に立たせてください』
言い終わり、まだ少し幼さの残るかわいらしい顔を真っ赤にして縮こまっていくミシェル。ニーナは咄嗟に返せる言葉がなかった。
そこから更に。反応がないからか、ミシェルは不思議そうに首を傾げ、はにかみながら艶やかな赤茶の髪を揺らしている。
やられた、というのがニーナの心境である。こんなことを、そんな態度で言われてしまえば、断るだなんて出来るわけがない。
『はぁ……、負けたわミシェル。その代わり、あなたの力を使ってでも。徹底的にギルバートたちに疑いがかからないよう手を打たせてもらうから』
『はい。そういうニーナさんだからこそ、こうやって感謝されてるんですよ! 人望です人望』
『性分よ性分。人望なんてあったら苦労しないわ』
『苦労してるからこそ、な気もしますけど』
『とりあえず感謝の意味なら、私こそあなたに命を救われてるっていうのを忘れないでよね全く。こんな状況でよく……、いえ何でもないわ。あなたは強いわねミシェル』
言われたミシェルは忘れていたとでも言わんばかりに、一瞬きょとんとした顔になり、すぐにそんな事たいしたことじゃないとでも言いたげに笑顔に戻る。
あなたも自分のしたことを自覚した方がいいんじゃないの、とニーナはちょっとだけ思ったが、なんだか藪蛇な気がしたので口にするのはやめておいた。
『ニーナさんほどじゃないです』
『今まさにあなたに諭されたばかりの私に言わないでよ、それ。ま、ここらで見せておきましょうか。私たちの本気って奴を。どうせなら派手にフィルたちへの追手もかき乱してやりましょう?』
『いいですね! 私もだんだん腹がたってきてましたから。ギルバートさんの素敵な店であんなことするなんて許せません。アーゲンさんだって、向こうの都合でこんな目にあうのは納得できません!』
がしりと二人は手を組んでいた。その目は闘志に燃え、やる気に満ち満ちている。あとは出港するだけだったはずのニーナとミシェルは、ここに反撃を決意するのであった。
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