第47話「ディーンの事情」
星々の輝きは遠く、黒い広大な空間を背負ったままディーンは身動きひとつしなかった。隠しているということを否定もせず、動じた様子も見られない。
その態度を見て、逃げだすことも攻撃してくるようなこともない以上、対話をする気があるのだろうとアーゲンは判断した。
『話す気があるという事は、それだけあんたにとって首都に行くことが重要なんだなディーン。監視の心配がないのは今くらいだぞ』
『その配慮には感謝するフィル・アーゲン。しかし、私にだけ手の内を明かせというのもフェアな話ではないだろう?』
『どうかな。今回、濡れ衣の経緯を知っているはずの憲兵隊と軍の動きがここまで大きいのは、案外そっちに理由があるんじゃないか?』
ディーンの返答は沈黙。それはほぼ肯定を意味していた。
アーゲンは内心でここ数日の振り回されっぷりに思いを馳せて、自分の巡りあわせの悪さを今更嘆いても仕方がないか、と色々と諦めの境地に至る。
『あのなぁ。あんたの都合に巻き込むなって言ってるんだよ。フェアかアンフェアかって話なら、あんたが俺を隠れ蓑にして首都を目指した時点で十分アンフェアだ。俺を利用しておいて、追われる苦労を増やしておいて、何言ってんだって話だろ』
『それはもっともな意見だ』
『話せディーン。話せない事情なら、逃げるなり脅すなりしてるだろ。勿体つけても時間がなくなるだけだし、話さないなら置いていく』
ユータスとのランデブーポイントで潜伏するには急がねばならない。軍や憲兵隊が、ディーンの問題とグビアとの軋轢で本気を出しているのなら、安全管理の規定を破ってでも外壁のセンサーを使い始めることだろう。
宙域を飛んでくる物体への対処や各種機器の調整、システムの連携と事前準備に時間はかかるが、始まってしまえば逃げ場はない。それまでにディーンの抱えるものを聞き出し、場合によっては対決せねばならない。
そう緊張感を高めていたアーゲンの耳に、場違いとも思えるディーンの台詞が届いた。
『娘が居るらしい』
『……どういうことだ?』
『首都に、私の娘が居るらしい。20年ほど前にきていた妻からの通知で知った』
『20年? 話が見えないぞディーン』
『そう焦るなフィル・アーゲン。そういえばニーナ・ハルト伍長はインスタントソルジャーだったな。30年前の大運動で彼女も一時期軍を追われていたはずだが、同時に軍は彼女のような生身のヒトには協力的だった』
唐突に始まった身の上話やインスタントソルジャーの話に首を傾げかけたアーゲンだったが、どうやら大事な話らしい。どう繋がって行くのかまでは読めなかったが、理解しなければ前には進めない。
『だが、私のように武装を仕込まれた機械ベースのアンデッカーに連邦は優しくなかったのだよ。物理的に脅威に成り得るというのがいけなかったらしい。機能的に優秀ゆえの配置だと、そう言われて軍に斡旋されたのがここだ。それ以降、妻の居る首都に戻ることは許されなかった』
『それじゃぁ軍や憲兵隊がここまで動いているのはあんたを捕まえるためか?』
ディーンはゆっくりと頷いた。
アンデッカー。アーゲンに刻まれた知識によれば、それはニーナのようなインスタントソルジャーと同じ設計理念のプロジェクトによるものだ。
インスタントは純粋培養ですぐに戦場に立てる低コストの兵士だったが、アンデッカーはそれを補佐する兵器としての意味合いが強い。
能力はあるが生まれたての赤子に、生き字引のように経験や戦闘知識と武装を初めから仕込んだアンデッカーがつくという編成だ。
低コスト大量生産を補うためにほどよくコストをかけたユニットを入れる。同規格のインスタントが総崩れになるのを防ぎ、攻守ともに手足の関節部や機械の接合部のような役割をさせるためのものと考えれば理解しやすいだろうか。
ニーナたちが社会復帰や人種保護のことを考えられているのに対し、こちらはあまり考えられていなかったのだろう。その結果が、今目の前にいるわけだ。
『困ったものだよ。自分たちで隔離しておいて、隔離され続けているのだから恨んでいるに違いないと思っているらしい。ここと首都とのリアルタイム通信は設備の関係上お互いがある程度の権限を持たなければ許されない。私たちはどちらも適さなかった』
『ずっと、細々とタイムラグのあるやり取りをしていたのか』
『それよりもっと酷い。私への通知が開示されるようになったのはここ数年でね。通知が止められていたのも、その中身も、知ったのはごく最近だ』
『それ、は……』
『それでも私は道具であろうと努めたが。フィル・アーゲン、君の状況を見て思ってしまったのだよ。せめて、妻の墓に一輪の花くらい届けてやりたいとね』
語り終えたディーンは、ただ静かにアーゲンの言葉を待っていた。境遇だけ考えれば結構な経緯ではあるのだが、それをどう受け止めていいものか。だからアーゲンは、気になったことを素直に訊いていた。
『娘さんには、会わないのか?』
『遠目に見るくらいならしたいね。今更接触されても困るだろうし、何より私は徹底して監視役として現地に行かねばならない。そうでなければ、おそらく連邦は娘を捕らえるだろう』
『だから、出発前にあんな強引な証拠作りをしたのか?』
『その通りだ。そして、事情を話すことで私が脱出の手伝いをすることを期待しているのなら、残念ながらその期待に応える気はないと言っておこう』
アーゲンに多少その期待があったのも確かである。あんな強引な証拠作りと、管理区画へ入るという強硬手段を持ってしてもついてきたのだから、よほど首都に行きたい理由があるのだろうとアーゲンは考えていた。
その理由は想定外ではあったが、そういう事情ならば確かに安易に手伝ってもらうわけにもいかない。
『何故軍や憲兵隊は名指しであんたを捕まえないんだ? それこそ娘を確保したといえばすぐ済む話だろう』
『汚点だと感じているのだろう。私のこれまでの境遇を含めて、表沙汰にしたくないようだ。だからよほど私が派手な動きをしない限り、首都管轄の娘をどうこうしようという動きにはならないだろう。……君を捕まえる名目は向こうにとっても良い隠れ蓑というわけだ。もっとも、軍は憲兵隊の責任にする気のようだから、そこまで本腰ではないようだがね』
ようやくアーゲンにも合点がいった。ディーンは双方にとって蓋をしたい厄介者という位置に居るのだろう。上層部の彼らからすれば押し付けられた前時代の遺産なうえ、自由にさせるわけにもいかないし、かといって縛りつけるわけにもいかないという微妙な存在。下には当然伏せられた事情。
せいぜい能力はあるから使ってやろうと未知数のアーゲンを捕らえに、あるいは返り討ちにあっても問題ない駒として当ててやった。
と思っていたら、その相手が予想外にも迂回路の伝手があり、脱出を目論んでいて。監視するよう指示した厄介者まで“そう指示されている”とついていこうとしていると。
後手後手の失策。そのうえグビアの圧力と宙賊の裏事情という問題。全てはアーゲンを舐めてかかったせいではあるのだが、それにしたって酷い。何が酷いって、アーゲン本人は一切関係のない話なのだ。アーゲンは考えていて悲しくなってきた。
『仮に全てがうまくいったとしても、ここに戻って来るのか?』
『戻る場所があるのなら戻ろう。私が稼いだクレジットは少なからず娘のためになっているはずだ』
『なければどうする? 俺としては犯罪者予備軍の首都潜入に一役買うわけにはいかないんだが』
『そこは信じてもらうしかない。いや、いっそフィル・アーゲン。君のところで雇ってもらえれば最良なのだがね』
『俺の、ところだと……?』
話をずらされた。そうアーゲンは感じたが、その言葉は聞き捨てならない。自分の勤め先を本当に知っているのだとしたら、このディーンという男は予想以上に危険だ。
『ところで。私はフィリップ・アーゲンという人物と会ったことがあるのだが、君は彼の息子か何かなのかね』
『それは違う』
『そうか。ニーナ・ハルト伍長は生体ベースのインスタント。私は機械ベースのアンデッカー。フィル・フィリップ・アーゲン、君はどちらだ?』
『……どちらでもないな』
『そうか』
『おい待て。露骨に話を逸らすな』
『事情は話したぞフィル・アーゲン。それ以上私という個人に踏み込むのなら、私としても今の話題に触れざるを得ない。本当に私が犯罪者になるかが心配なら、首都で事が済んでからもそちらでしっかりと監視すれば良いだろう』
再び、ディーンはにやりと笑ってみせていた。うまいこと逸らしたわけではない。ここまで露骨にやったということは、踏み込むなら覚悟しろという意思表示だ。
アーゲンとしても、自分のあれこれを探られるのはあまり好ましくないし、今は時間もない。
『……わかったよ。とりあえず納得しといてやる。あんたの事情もこちらでしっかり裏は取るからな?』
『構わない。危険分子を招き入れるんだ。当然だろう』
『自分で危険分子とか言うなよ。まったく、つくづく勝手な都合を押し付けられるな俺は』
『もし、全てがうまく行ったならとびきりの酒を奢ろう』
『はー、いいねもう。どうとでもなれ』
虚しくも、心の決着をつけた二人は動き出す。アーゲンは吹っ切れたというよりは自棄になったかのような死んだ目で。ディーンはにやりと、またいつものように、そしていつもより少しだけ口角をあげて。
これから起こる大捜索を躱し、それぞれの理由で首都を目指すため、再び走り出していた。
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