第48話「ムカついた」

 全長10mほどの小型探査艇が五隻、ステーション外壁を航行していた。流線形の形をした船の後部デッキには、何人もの武装した兵士が張り付いて左右を警戒している。


 お互いのセンサーが干渉してステーションの飛来物対策に穴をあけてしまうことになるせいか、広域探査が出来ず地道に見て回っているようで、アーゲンの偽装対策か人の目まで動員しての捜索だった。


 そのことを外壁構造物の隙間から見ていたアーゲンとディーンは、彼らの連携が取れていないことを読み取った。軍のステーション管理ときちんとリンクしていればあんな真似しなくてもこちらを見つけるなんて容易い。それなのに、五隻も回して無駄に人海戦術を行っているのだ。


『どういうことだ』

『軍も一枚岩ではないのだろう。特に、ギルバート・グリアビーの店に押し入ったポーネリアは我々憲兵隊との癒着が噂されていた。おおかた憲兵隊の責任問題にならないようにしてくれと泣きつかれたか、点数稼ぎに出て来たか』

『点数稼ぎねぇ』

『たいしたことのない濡れ衣犯罪者を捕らえるだけで憲兵隊に恩を売れ、難航しているグビアとの取引にも使えると考えれば、こんなにうまい話もないだろう。無論、うまくいけばの話だが』


 たいしたことのない、とは随分な言われようだった。以前の自分なら軽く見てもらえればやりやすいと考えていたのだが、今回はそれが裏目に出ている。

 何事も行き過ぎは良くないということか。たかが点数稼ぎのためにこんな目に合うなんて、弱く見られるのも困りものである。


 そうやって探査艇をやり過ごそうとしていた二人だったが、遠目に見える探査艇が脇につけられた発射筒から何かを打ち出すのを見て警戒を強めた。本来あれは迎撃の類か、小型衛星探査機、照明弾などを打ち上げる補助装備である。探査機だとしたら要注意だ。


『通信切れ。手信号でいく。軍式ならわかるな?』


 アーゲンが一方的に宣言し短波通信を切ると同時に、打ち上げられたものから発せられたのは拡張された強制送信だった。

 宇宙空間に大気はなく、拡張機で音声を伝えることはできない。特に遭難者や敗戦兵、あるいは命に関わるなど、通信機器は緊急用の発信を受け取る信号が決められていた。


『こちら連邦軍第四ステーションを預かるポーネリア指揮官だ。このあたりに居るのはわかっているぞ薄汚い犯罪者ども。元運び屋フィル・アーゲン、ならびに元憲兵隊隊士ディーン・フィポッド。貴様らに逃げ場はない。じきにステーションの総センサーを持って炙り出してやる。それまでに投降した方が身のためだぞ』


 あまりの言に、アーゲンとディーンは固まってしまった。まず、この発言の意図が読めない。こちらの反応をセンサーで拾うつもりの挑発だろうか。

 それに、この時点で表立ってディーンのことを上げてしまうのはまずいのではないか。それも命令的には従っている状態のディーンを元と言ってしまうとは。


『挑発、か?』

『ポーネリア指揮官がそこまで考えて動ける人材とは思えない。それが出来るのなら、そもそも5隻も出して人海戦術などという手は取らないだろう』

『それすら囮という可能性は?』

『それが出来る指揮官なら、もう我々の短波通信は拾われ、こうやって疑問を持たせて足止めしているうちに囲まれているだろう。無論、そうなっていないとは言えないが』


 思わず通信を再開してしまった二人だったが、その困惑をよそに目の前の探査艇は更にポーネリア指揮官の言葉を続けていく。


『だいたいディーン・フィポッド貴様だ。お情けで栄えある憲兵隊に務めさせてもらっておいて、犯罪者と共闘するとは何事だ。万が一があればステーションの崩壊を招きかねない管理区域にまで手引きするとはもはや見過ごせぬ!』


 投降要請かと思いきや熱の入った弁を始めるポーネリア。挑発してこちらの反応をうかがうにしては確かにやり過ぎだ。感情を逆撫でる行為はのちの交渉や譲歩の余地も潰してしまう。


『これは、面白いな』

『ディーン?』

『あの男は踊らされているようだ。どうやら、憲兵隊は全て私の責任にする筋書きらしい。汚点は汚点でも、やはり犯罪者の気質があったのだという結論で片を付けるつもりだろう。そうすれば予備軍をおさえるための処置だったという大義名分が通る。結果論だが』

『なかなかピンチだろそれ。どうするつもりだ』

『どうもしないさ。落ち着いてから出るところに出て訴える。そうでなければ、立場上弱者の私は、奴の言う通りの筋書きに放り込まれるだけだ』

『それは面白くないな』


 全くもって面白くない。結局、弱者は上の考えた筋書き通りにされてしまうのか。このまま行けば、あの強引な証拠を使ったとしてもポーネリアという男の根回しが邪魔となるだろう。

 なにせ動く前からそういう筋書きが用意されているのだ。これからの行動も全て、そのフィルター越しに報告書がつくられてしまう。


『よし、ムカついた。ぶち壊してやろう』

『どういうつもりだフィル・アーゲン。我々はこのままやり過せば目的は達成できるだろう? あの言い分ではおそらくステーションのセンサー協力は断られた可能性が高い。5隻の警戒を掻い潜るのが最善だと考えるが』

『それでどうなる? 全てが終わったあと、あんたは大人しく捕まるのか?』

『それは仕方のないことだろう』

『仕方ないって……いや、これは俺の問題だな。ここまで好き勝手されて、あちらの筋書き通りに終わるって思われてるのが癪なんだよ』


 その物言いに戸惑うディーンだったが、目の前で不敵に笑うアーゲンを見て、また何かよからぬことを突発的に思いついたのだろうと首を振っていた。


『協力はしないが見守ることにしよう』

『ああ、そうしてくれ』

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