第42話「管理層」

 ステーション内の床下というべき管理層に潜り込んだアーゲンとディーンはただひたすらに走り続けていた。

 普段から鍛えているのだろうディーンとは違って、アーゲンは体内ナノマシンの割合を弄って酸素運搬や筋線維保護を行ってどうにかという所だったが、それでも常人とは思えない速度を出している。


 頭上には円筒状のタンクのようなものがいくつも密集した設備があり、周囲には点検用と思わしき足場もあった。機械の搬入もあるのか梯子で感じたような通路の狭さはなく、広々としたメイン通路を障害なく進むことが出来る。

 だからといってこんな全力疾走をしては反響音で見つけてくれと言っているようなものだったのだが、追って来た相手が悪かった。


 梯子を降りた先の分岐点や接続路にそれぞれダミー信号を発する小型機を走らせ、物理的に追手を分散させようとしたのだが、追って来た“もの”は瞬時にそれを看破したらしい。


 その看破速度からシーカーが投入されたと判断した二人は、情報戦をやっても無駄と考え圧倒的な最終手段、ただ走るという手に出たのだった。アーゲンの得意とする小手先の隠蔽や誤魔化しが効かない相手なら、手持ちの装備で情報戦をしかけても無駄という英断である。


「もっと、スマートな方法はないのかフィル・アーゲン」

「悪いが、ないね!」


 手伝わないと宣言しているディーンとしてはアーゲンに華麗なる解決をして欲しかったのだが、つれない返事である。

 よもや無様にも全力疾走をし続ける事態になるとは考えていなかったディーンも汗をかきはじめているし、アーゲンに至っては滴るように汗を流し、会話を続ける気がないと言わんばかりに息が乱れて来ている。


 どのタイプのシーカーが投入されたかまではわからなかったが、痕跡を逃さぬよう移動してくるということは裏を返せば進行速度は遅いということだ。


 これだけ走れば相当な情報量が行っているはずだが、それが罠の可能性も精査するのだから時間がかかる。

 罠ではないと判断し、上位命令で全力追跡をさせる指揮官が居れば話は別だったが、今のところその気配はない。


「まずいぞフィル・アーゲン」

「くそ!」


 無能な指揮官かと思った矢先、視線の先で光るものがあった。咄嗟に二人は右手にあったタンク脇へと転がり込む。

 空中に身を投げ出したところで、空気を叩く鞭のような音が鳴っていた。受け身を取りながら、アーゲンは先ほどまで自分達が走っていたあたりに青い雷撃が突き刺さるのを目にする。


 遠距離からの雷撃。電磁ライフルを鎮圧用に改良したモデルか。警棒タイプと違って中遠距離での命中精度も良いがリチャージに少しかかる武装だった。


「流石に先回りされたか」

「あれだけ音をたてて走っていたんだ。承知の上なんだろう?」

「買いかぶりだな。ディーン、あんたは投降しても良いんだぞ?」

「相手は軍部だ。その選択は危険だろう」


 前方にはおそらく軍の分隊が射点についており、別動隊が回り込むか射撃支援を受けながら前進しての確保を目指してくる。後方からはシーカー。タイプにもよるが自走か飛行か、いずれにせよこちらの動きを封じる装備を持っているはずだ。


 アーゲンは必死に調べたマップを思い浮かべ、考えを巡らせる。このタンクのようなものは気圧制御と重力管理をしているもののはずだ。いっそ爆破でもしてみるか? いやそんなことをすればもはや身の潔白など主張できないか。


 周囲の足場によじ登って通気ダクト、に入ったところで今度はシーカーを誤魔化せない。軍部がどれほどの装備を持ち出しているかもわからないが、シーカーを出すくらいだから当然照準機器もしっかりしているだろうから、このタンクじゃなければ壁越しに命中させられる可能性もある。


「あまり時間はないぞフィル・アーゲン。相手は暴動鎮圧用装備だ。こちらの筋肉を麻痺させる遠隔装備だってあるだろう」

「この管理タンクがなければ今頃捕まってるな」

「打開策を思いつかなければ、演算後すぐ現実になることだ」

「他人事のように。あんたが居なければいくらでも切り抜けようはあったんだが……」


 グビアの動きを伝えてくれるのはありがたかったが、同時に何時でもそばにいるから企業秘密的な動きが出来ないのである。ミシェルの力に頼るというつもりは毛頭なかったが、色々と選択肢が潰れたのは事実だった。


「フィル・アーゲン、無駄な抵抗は止めて投降しろ! 君にまともな武器がないことくらいスキャニング済みだ。こんな管理層に潜り込んでどういうつもりかね。とっくに重罪だぞ!」


 射撃があった方向から大きな声が聞こえて来た。武器がないとわかっているにしてはだいぶ警戒されている。こちらが自棄になって大災害を起こすとか、自爆するような人物だと思われているのだろうか。勝手に犯罪者像が更新されていくのには困ったものだ。


「今のうちに移動しよう」

「何か手があるのか」

「ああ、今思いついた」

「君は、いつもそうなのかね」

「色々と巻き込まれる体質なんでね……」


 ディーンに呆れられながらも、どこか哀愁漂う顔をしたアーゲンは行動を開始する。先ほど引っ張り出したマップ情報で面白そうなものがあったのだ。

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