第41話「怒りの伍長」

「そんなものまで投入するつもり?」


 ニーナが見咎めたのは店へと搬入された一抱えほどの四角いケースだった。耐衝撃用に四隅に保護フレームが組み込まれている兵器管理用の箱である。慣れ親しんだニーナにはその中身が何かよくわかっていた。


「危ないものなんですか?」

「殺傷系ではないけど、フィルにとっては面倒な相手かも」


 不安そうにミシェルとジョシュがそれぞれニーナの腕を掴んでいる。アインは憲兵隊の方に連れて行かれて戻ってこないし、たった二日で上がここまで動くとは思っていなかった。それだけグビアの本気を見て警戒度を増したのだろうか。


「ハルト伍長。いい加減君は大人しくしていろ」

「あなたが責任者? たかが運び屋一人にステーション内で追跡機シーカーを投入するなんて本気なの?」


 ニーナたちへ近寄ってきたのは現場指揮官なのか、肩に星のマークが入った将校らしき男だった。男は禿げ頭を撫でながら、見下すようにニーナたちを見て続ける。


「フィル・アーゲンは我々の保護を蹴り、今まさに管理用区画にまで入ったそうだ。よほど後ろ暗いことがあるに違いない! もしかしたら敵と通じているのかもしれん。憲兵隊に手を出したことといい、あれは信用できん危険な犯罪者だ」

「アーゲンさんはそんな人じゃありません!」


 横柄な態度の将校に口を出したのはニーナの腕にいたミシェルだった。大人しいイメージのミシェルが急に大声をあげたので、これにはニーナもジョシュも驚いていた。


 ニーナも指揮官の態度に腹が立ってはいたが、アーゲンの経歴はわからない。立場上知らないことで強く言い返すこともできないし、変な勘繰りでアーゲンの身の潔白を証明できなくなっても困る。

 そんな中ただ一人、アーゲンのナビから多くの情報を得ていたミシェルだけは、指揮官の言いように我慢ができなかったらしい。その目には薄らと涙まで浮かべている。


「ほう。お嬢さんは保護されたと聞いたが、よっぽどあの男に良いようにされたか。いやはや年上だけでなく年下まで虜とは、たいした男のようだ。聞けば三人仲良く同じ宇宙船で戻ってきたというではないか。まったく――」


 指揮官がいやらしく頬をゆがめた瞬間、ニーナはミシェルとジョシュの手を解き、動いていた。瞬時に近寄り、右腕だけで指揮官の襟首を掴んでその身体を持ち上げる。

 現場に出ていなかったのか指揮官の反応は鈍く、されるがまま首を締め上げられ掠れた声を上げていた。


「か……、は、放せ……!」

「放さないわよ。いいこと指揮官殿。あなたは今、とても見逃せないことをした。あの子の境遇を考えてものを言いなさい。保護された少女相手に、次そんな目を向けようものなら、あなたたちの部下が何人いようとその両目をくり抜いてあげるから」

「女! 今すぐポーネリア指揮官を解放しろ!」


 追跡機など捜索準備を進めていた兵たちは隊列を組んでニーナに銃口を向けていた。ステーション内部なので実弾が飛び出すことはないが、ショックガンや電波による行動制限などの特殊兵装の装備である。


「ニ、ニーナさん!」

「ミシェル、私に任せて」

「こんな、ことをしてタダで済むと思うなよ伍長!」


 ミシェルの、おそらく力を使っての援護をニーナは断った。こんなところでミシェルの力が知れればどうなるかは火を見るより明らかだ。憲兵隊も、おそらく軍の動向を伺っているグビアの手のものもいるだろう。


「あなたこそ。ポーネリア指揮官だっけ? ふーん。今の直属の上司は、オルムか。オルムは元気でやってる?」

「はぁ? オルム大佐がどうしてお前なんかと」

「あなた、関わったメンバーの経歴すら見てないなんて指揮官失格よ。あなたの上司オルムも、第四ステーション現総司令ディアナも、私が鍛えた子達なの。何度か命も救ってあげたし、今でも報告をくれる良い子たちよ。特にあなたみたいな女性に失礼なタイプって、ディアナは嫌いでしょ?」


 ニーナの言葉に、首を押さえられているポーネリア指揮官は別の意味で顔を青くしていた。そして反応を見ているうちにその顔色は青から赤へと変わり、眉間も寄って、その目は部下へと向けらる。


「あら、私を撃ち殺す気? 第四ステーションの質も落ちたわね。でも、流石に鎮圧用装備じゃインスタントソルジャーは止められないって知ってる?」

「う、嘘だ。この人数が居るんだぞ!?」


 現場には引き上げた憲兵隊を除き、軍の人員が30人ほど攻撃態勢に入っていた。流石のニーナでもこの人数相手に大立ち回りをするのは危険である。


「そうね。でも、非殺傷兵器って狙いが甘いのよね。暴動鎮圧が目的だから出力も弱いし。あなた、自分が被弾する覚悟と、私より耐えられる自信はあるのかしら」

「ひ。き、気でも狂ったのか!?」

「違うわよ。あなたがそれだけ私を怒らせたってだけでしょ。ま、私の立場上捜索の邪魔はしないからこれ以上どうこういうつもりはないけど。私はともかく、次ミシェルにあんな目を向けたら容赦はしないから。わかった?」

「あ、ああ。わかった」

「わかったなら、自分の仕事をしなさい。あなたも、私たちに構っている暇はないんじゃないの?」


 憑き物が落ちたように怒りの感情が引っ込んだポーネリアを見て、ニーナはその手を放した。これだけ言っておけば大丈夫だろう。

 それにこれ以上は妨害と見なされかねない。今後アーゲンの潔白を証明しなければならない以上、やり過ぎるのはよくなかった。ただ、狙ってなかったとはいえこれで多少は逃げる時間を稼げただろう。


「良いからお前たち、捜索を開始しろ! 何をやってるんだシーカーの展開急げ!」

「は、はい!」


 ニーナは右腕を回しながらミシェルたちの元へと戻っていた。咄嗟のこととはいえ筋線維がいくつか死んだだろうから、ナノマシンを調整してさっさと治さねばならない。神経系の操作とカーボンの配合された骨のおかげで多少の無茶ができるニーナではあったが、ベースはやはり女性の身体であった。


「ニーナさん、大丈夫でしょうか」

「大丈夫よ。私たちも、フィルもね。それにしても、ミシェルが大声出すなんて驚いたわ」

「あ、いえ。その。アーゲンさんのナビの記録で、ちょっと色々と」

「言わなくていいわよ。ま、私たちもさっさと戻りましょう」

「はい。ほら、ジョシュ君もいこ?」

「う、うん……」


 先を促すニーナに続き、一連の流れに唖然としていたジョシュの手をとってミシェルも歩き出す。何人かの兵は未だこちらを警戒していたが、流石に手を出すつもりはないようだ。

 ニーナは保護したミシェルを首都へと送り届ける話になっている。ただし書類上分隊長なので、少々誤魔化して宙域待機させている部隊と合流し、迂回路の警邏も兼ねて高速路を使わない予定で提出してあった。


 あとは該当宙域で無事にやってくるだろうアーゲンを待つだけである。

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