第40話「裏道」
ステーションは連邦を中心に展開された高速路のうち、主要な分岐点に建造された宇宙港である。空間を文字通り越える高速路は主要路として整備され、連邦宙域内を移動できるようになっていたが、そこから先の細かい航路は中心となるステーションによって管理されていた。
第四ステーションは開拓も頓挫し辺境認定された方面ではあるものの、新規開拓ルートへの中継地や物資補給地点としてそこそこ賑わっている。主な収入源は関税。高速路利用者に高い税金をかけ、持ち込まれる物資量をコントロールしていた。
それこそがユータスのような運び屋が尻込みするところであり、これまで大手の業者のような長期契約者じゃなければ割に合わない場所として認識されていた所以である。
これは行政側に搬入できる物資を開拓に関わる物資に限定したいという思惑があって、娯楽品や雑多なものにスペースを使っていては開拓地へのピストン輸送機能が落ち、結果的に開拓の進行に%単位の遅れが出てしまうので、それを防ぐ措置でもあった。
しかし住民など一般市民からすれば不満のタネである。そして足りないとなれば需要は上がり、いつしか高速路を使ってでも利益が出る価値を持つようになる。と、アーゲンはユータスの動向を見て考えていたのだが、思い出したのだ。
港連絡口でユータスと会ったときの会話を。ユータスは伝手があると言っていた。伝手や賄賂で高速路代金は値引きされない。だとしたら伝手とは何なのか。高い高速路代金が問題にならない伝手。彼の本来の活動区域である首都付近とここを繋ぐ伝手。
そこまで考えてアーゲンが導き出した答えは密輸ルートの可能性だった。そしてユータスの本拠地である首都との秘密のルートが本当にあるのなら、出発を早めてこの騒動からおさらばすれば、それだけで問題解決である。
密輸といっても違法ではない。単純に高過ぎる高速路代と、かかる日数経費を天秤にかけて採算の取れる通常航路のことを、関税に対する皮肉を込めて密輸ルートと呼び始めたのだ。難しく考えなければ単なる迂回ルートである。
問題は使われていないルートやステーション管理外の航路はガイド演算や警備が不十分なことだ。光速近くで飛んでいったら隕石群に突っ込んで大爆発だったり、宙賊に弄られて罠をかけられたり、そういった危険性と日数分の食費や燃料費がかかる。
リスク管理を考えれば順番待ちや関税を含めてでも通常はステーションの高速路を使う。結果迂回路は訳ありばかりが使うこととなり、実際は違法性がないただの迂回路なのに、文字通り禁制品や犯罪者が通る航路として、結局密輸ルートと呼ばれていくわけだ。
「もう一度聞くが、本気か? 密輸ルートとなれば結構危険もあるんだぞ」
「問題ないだろう。演算となればこちらには情報部のニーナ・ハルト伍長も居る。そもそも民間で確立したからこそユータス・オデオンは使っているのだろう?」
「それでも民間じゃ管理し切れないからトラブルがあるんだろ? いい加減法律で禁止したらどうなんだ」
「それを決めるのは私ではない。それに、君のような運び屋からすれば有難いルートなのではないかね」
脱出ハッチからスロープを通って、途中にあった管理用端末へとアーゲンはへばりついていた。このままいけば避難用通路に出てそこから一方通行で通常通路へと戻ることが出来たが、そこに見張りがいないはずがない。
アーゲンは捕まらないためにも、避難用通路に繋がる部分にあった管理用の裏口をどうにか開こうとしていた。ディーンを見張り代わりにグリップを引っ張り出してセキュリティと格闘中である。
「それだけ犯罪や事故があって、それに伴う救援や何やと仕事をくれるのは確かだけどな。それでも、精度の悪いガイドで光速近く出すのも空間跳躍するのも危険過ぎる。こんなことがなければなるべく使いたくはなかった手だよ」
「私とて死にたくはない。だが当然君もニーナ・ハルトも勝算あっての手なんだろう?」
ユータスを問いただし、密輸ルートを使うことを提案した時真っ先に反対したのはニーナだった。ガイドアンカーが一定距離ごとに配置された宙域航路というのは、そのガイドからの情報を如何に処理できるかにかかっている。
ガイドアンカーの性能が良く、送受信機能も良く、船の演算能力も高ければ、航路内での異変や隕石群を探知してからぶつかる前にルート修正などで衝突を防ぐことができる。
しかし、そのどれか一つでも性能が悪かったり、宙賊に手を入れられたりすれば危険度は一気に上がる。なにせ光速に近い速度を出しているなら一秒の遅れが命取りだし、空間跳躍も演算がズレれば出た瞬間即死もあり得るのだ。
高速路や通常航路などステーションが管理するルートはガイドアンカーを含む安全性の維持にかなりのコストがかけられているからこそ成り立っている。それのない航路は危険過ぎる、というのがニーナの主張だった。
とは言え、もはや犯罪者となったアーゲンが無事に利用できるルートではなかったし、軍部や憲兵隊がその気になれば間違いなく捕まるというのも確かな状況である。
結局代案も出ず、ニーナが事前にしっかり調査とプログラミングを行う準備時間を寄越せというので、準備に時間を取られることとなった。
「それはこっちの台詞だ。その確信を得るために、逃がしちゃいけない犯罪者に助手をつけて、自分はニーナの手腕を確かめていたんだろ? つまりあんたが行くってことは十分確証は得られたってわけだ」
「さて、それはどうかな。ところでフィル・アーゲン。君が開こうとしているものはセキュリティ上、開いた時点で本当の犯罪者となってしまうが良いのかね」
管理用区域は権限のない人間が開いた時点で犯罪だった。そのうえきちんと処理しなければ警報に始まり、アクセスした人員のIDや位置がすぐさま伝達され、本人には区画内の防衛設備が向かってくるという徹底ぶりである。
裏には重力管理や空調管理等、悪意を持って操作すれば大量殺戮が出来る設備に繋がるのだから当然といえば当然だ。
「うるせぇ今更だ! というか、そっちが勝手に犯罪者に仕立てたからこその不可抗力だろこんなの。そっちが初めから“保護”を文字通りの意味で行う気があったなら、必要ない手段なんだよ」
「正論だが、付け入れられる隙はなるべく作るべきではないだろう? 君の後ろ盾は今のところニーナ・ハルトだけだ」
「一応これでも、優秀な上司の居る勤め員なんでね。首都に逃げ込みさえすれば何とかなる算段くらいあるのさ。っと、開いたぞ」
「なるほど、だからこその首都行きか。しかし本当に工具ひとつで開いてしまうとは驚きだ。警報や通達の阻止もやっているのかね」
「当たり前だろ。ほら行くぞ。楽しい楽しい裏道旅行だ」
「やれやれ。この状況で笑っていられるとは本当にたいした奴だ」
アーゲンは開いたハッチに潜り、側面につけられていた梯子を掴む。中は一般人が通ることがないため、なかなか簡素な造りをしていた。まるで通気ダクト内部のような、人一人通るのがやっとの円筒の内側に梯子がついているだけで、踏み外せば真っ逆さまである。
アーゲンはその梯子を迷わず下って行った。続いて顔を中へ入れたディーンも、中からハッチを閉じて梯子を降りる。
狭い内部に、二人の梯子にかける足音だけが響いていく。痕跡をしっかり焼いたわけではないからそのうち発覚するだろう。それでも、今はこの時間を利用してユータスたちとの合流と、ステーションからの脱出兼首都への出港を目指すしかない。
向こうが気付いた時には出発済みというのが理想のシナリオだった。
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