第39話「最終確認?」

 宇宙船の現実と実用的な話に移り、果てはここに向かってくる最中に密閉しきれない事情からニーナと危ないニアミスをしかけて殺されそうになった話まで幅広く雑談が進んでいると、ディーンが部屋へと入ってきた。


 途端ノリノリだったアインが姿勢を正し、釣られてジョシュも話をやめてお利口さんとなってしまったので、場の空気は真面目なものへと変わってしまう。

 状況についていけなかったのは何処となくマイペースに参加していたミシェル一人。急な周囲の変容に、焦ったように目を白黒させている。


「話の途中すまないがそろそろ時間だ」

「まだ余裕はあると思うが。ニーナはどうした?」

「ニーナ・ハルトは交渉中のようだ。さて、最終確認をしようフィル・アーゲン」

「確認? 今更何を確認しようっていうんだ」

「記録作りだ。我々としてもステーションを出る以上、君を自由にさせるわけにはいかない。誓約上私は手伝わないし、ついていくだけだが。かと言って私たち憲兵隊が逃がしたとグビアに難癖をつけられても困るのでね」


 ディーンは擦り傷のついた武骨な端末ナビを机の上に置いた。手のひら大の四角くごつごつとしたナビは耐衝撃性の高いモデルで、ディーンの手首にあった腕輪とラインで繋がっている。


 ステーションを出る。それがアーゲンの出した結論だった。ステーションでは構造的に軍部、憲兵隊、グビア組織から隠れられるようなところは少なく、軍部が秘匿したとはいえニーナの情報からここに辿り着くのも時間の問題である。


 グビアの調査が同行者情報から辿り着くのが先か、軍実働隊や憲兵隊が地道に引き当てるか、上層部が痺れを切らして情報解禁するか。

 情報解禁は下手をするとニーナやミシェルにまでグビアの手が伸びるかもしれないし、事情を知る上がそう簡単に出すとは思えなかったが、いずれにせよステーション内に逃げ場はないということだ。


「最終確認の記録、ねぇ。それがグビアの追及を逃れる証拠になるとは思えないな。憲兵隊や軍部はどうせ時間が経てばここに来るつもりだろ? あんたらはそのための監視役に過ぎないんだから、その記録を残したところでグビアに付け入る理由を与えるだけだ。居場所を知っておきながら、隊員を傍に配置しながら逃げられたのかってな」

「そう思うのかね」


 アーゲンは一つ息をついて雰囲気を棘のあるものへと変えて行く。そしてアインとミシェルに目配せをして、ジョシュを連れて部屋を退出するよう促した。


 アインは上司の手前どうしようか迷っていたようだが、最終的に三人とも部屋から出て行って、アーゲンはディーンと二人きりとなった。それでもディーンは特に身構えることもなく自然体で、座ろうともせずナビに手を置いている。


「……思うね。軍部や憲兵隊としては居場所を把握済みの情報源であり、自分の都合で犯罪者に仕立てた俺に脱出されるのは大問題だ。自分たちの庭というのと、あんたがいるから奴ら本気で探してないんだろ? もちろん俺はその隙を大いに利用させてもらうわけだが。記録ってのはそうなった場合を考え、あんたがトカゲのしっぽ切りされないためのものなんじゃないか?」

「否定はしない」


 ディーンは何でもないことのように言っていた。その全く悪びれない態度に、アーゲンは溜まっていた不満がふつふつと煮えていくのを感じる。

 救難信号を拾ってからずっと災難続きではあったが、ミシェルやニーナとの付き合いはまだ楽しい面もあった。だがステーションでの上のやり方はどうにも気に食わない。


「あ、の、なぁ。いい加減にしろ全く。どいつもこいつも人を駒としか見てないのか。俺は割と今回の件怒ってるんだからな。人が人生かけて守ってきた経歴を、そっちの都合で簡単に傷つけて、揚げ句“保護”だぁ? ふざけるのも大概にしろ。あとで直せば良いって話じゃねぇんだからな!?」

「なかなか言うじゃないか」


「うるせぇ。あんたの立場には同情するさ。犯罪者のフリして情報源を拉致れだとか、報告は出来なくていいから監視しろ手出しはするなとか、がんじがらめの厳命には心底嫌気がさすね。それでも、記録作りはお断りだ。ニーナには悪いが軍部も憲兵隊も、グビアに縄張りの捜索すらまともにできないと笑われちまえ」


 そこまでアーゲンがまくしたてたところで、ディーンはナビを手に取り懐に仕舞い込んだ。こいつ、やっぱり記録してやがったなというのがアーゲンのうんざりとした感想である。


「協力に感謝するよフィル・アーゲン。それにしても耳が痛い」

「へーへーそうですか。こちとら本気だ。記録をとってあろうがなかろうが、この際言いたいことを言ってやろうと思ったまでだ」

「それにしても驚いたな。こちらが記録を言い出したあたりで狙いに気づいていたのかね?」

「薄々な。あんたが欲しかったのは怒らせた俺に、自分のがんじがらめな境遇に触れてもらうこと。それと上層部は把握済みで泳がせていたという言及ってところだろ」


 アーゲンがやれやれとソファに身を沈めると、ようやくディーンも向かい側に座り、アーゲンの言い分ににやりと笑って見せていた。


「概ねその通りだ。ニーナ・ハルトが全力で君の潔白は証明するだろうからね。そのうえでこの記録は私と、アインの保険となるだろう」

「あんた、そこまでわかっていて憲兵隊から抜けようとは思わないのか? いざとなったら守ってくれない組織になんて、なんの未練があるんだ」


 つまらない証拠立てに利用されたものだ。どちらにせよ、自分は周囲から相当小物に見られているようだ。まぁ精々足元をすくわせてもらおう、とアーゲンはのんびりと考えていた。

 アーゲンの計画発動までもう少しだ。そうすれば高を括っている上層部の鼻を明かしてステーションともおさらばできる。よもや宙域の高速路を牛耳る軍部も宇宙船で出し抜かれるとは思っていまい。


「なに、つまらない事情だよ。それよりフィル・アーゲン、思った以上に君は切れるようだ。配慮してもらった礼に、中立の立場で独り言を言わせてもらおう」

「はぁ」

「ニーナ・ハルトが店の前で懸命に交渉している相手は、突入しようとしている憲兵隊と軍の実働隊だ」

「は?」

「おそらく表に向かったアインやミシェルら三人も伝えに戻れないよう引き留められているだろう」

「……はやく言え!! ああくそ、憲兵隊と軍の動向は伝えないって話だったか。今のは良いのかよ!」

「その問いは野暮というものだが、私は交渉相手を伝えたに過ぎない」

「そーかよ、全くふざけた奴だなあんた」

「そういう君も、たいした奴だ」


 アーゲンが慌てて立ち上がり、部屋の棚に手をかけて裏に隠されたハッチを開こうとしていると、ディーンもソファを立ち上がりアーゲンへと近寄った。


「おいおい、ここに来て確保するだなんて言うなよ? 誓約はグビアに捕まりそうになったら、だったはずだろ?」

「そんなことは言わない。私はただついていくだけだ」

「あんた、本気でステーション脱出についてくる気なのかよ」

「その通りだ」

「物好きな奴だな」


 書類棚を移動させ、古く災害時用の脱出ハッチとして造られた楕円形の扉に手をかける。電源が落ちても使えるようにここは手動となっていた。カチカチと何度か圧縮ハンドルを行き来させ、開くだけの空気圧を溜めて一気に開く。


 内圧と外圧の差か、外側へと開いた扉から一気に風が入り込み、高価な書類が宙へと舞った。書き換え可能なデータと別に重要事項は紙で保存されるから、今舞っているどれもがギルバートにとって大事な書類なのだろうが、そこまで気にしている余裕はアーゲンにもなかった。


 今ここで捕まるわけにはいかないのだから。

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