第38話「作戦前のひと時」

 入港ドックや店の立ち並ぶ、いわゆる比較的雑多な造りをした区画には手に電磁ライフルを手にしたグビアの兵たちで溢れかえっていた。左右を見ても、必ず数十mおきに数人のチームが徘徊しており、物々しい雰囲気を醸し出している。

 ステーションへと乗り込んで来たグビア組織はかなりの大人数を投入し、また表立って武装を手にして派手に、そして強引に犯罪者アーゲンの捜索を開始していた。


 これには軍部や憲兵隊としても面白くなく、双方の協定関係は冷え切り、それぞれが独自に動く結果となっていた。

 もともと憲兵隊に手を出したアーゲンは身内に手を出した犯罪者として憲兵隊の威信にかけて捜索されている。しかるのちにグビアに引き渡すという条件を提示したにも関わらず、グビアは全てを拒否し、犯罪者ならば自力で確保すると勝手な動きを見せていた。


 このように、それだけグビアが本気だということと。やはり憲兵隊の上は一介の運び屋の立場より大組織であるグビアに傾いていることが、ニーナとディーンからの情報で判明していた。入港からたった二日でえらい騒ぎである。


 アーゲンは作戦決行である本日、再びギルバートの酒場に潜伏していた。とはいえ多方面の準備はおおよそ終わっているし、あとは実行するだけなのでソファに身を沈めて休んでいるだけである。


「フィル兄ちゃん居る?」

「ん。ああ、ジョシュか。どうした? というか、俺の名前を呼んじゃダメだって」

「今誰もいないよ! だってフィル兄ちゃん約束したのに全然帰って来ないんだもん!」

「約束?」

「ひどい! 宇宙船の話してくれるって言ったのに!!」


 休憩室に入ってきて早速ジョシュは頬を膨らませて小ジャンプしながらのアピールを見せていた。ダンダンダンと床を叩くかのように駄々っ子ジャンプである。


「アーゲンさんは忙しいって言ったんですけどね……」

「ミシェルまで来たのか。まぁちょっと早いがしょうがないな」

「僕もいいっすかね。ディーン先輩に見とけって言われちゃったんで」


 ぞろぞろと続いてミシェルと、憲兵助手のアインが部屋へと入ってきた。特に指名手配されていない、立場の保障されたニーナにはディーンがついてお出かけ中である。


「アインだったか。まぁ座れ座れ。たいした話はできないがな」

「いや凄いっすよ! だって個人宇宙船なんでしょ!?」

「うん! フィル兄ちゃんすごい!」

「……これもアノンチェアとか」


 それぞれ言いながら向かいのソファに座った三人を見て、アーゲンは身を起こし主にジョシュへと視線を向けた。何やらアインも盛り上がっているようだったが、やはり主役はこの子だろう。


「で、何から聞きたいんだ?」

「んとね、どのくらいでっかいの!?」

「そうだなー。入れるスペースだけで言えば、ジョシュの家の2~3倍はあるかもしれない」

「そんなに? すごい!」

「うひょー、ってことはこのあたりのDDシリーズっすか!?」


 純粋に大喜びの男子と、端末ナビからカタログを投影表示するマニアの姿がそこにはあった。ジョシュも数年すればこうなってしまうのか、と考えて少し哀しくなったのでアーゲンは考えるのをやめた。


 アインの取り出したカタログは最近出たシリーズを中心に掲載された情報誌のようなものだった。きちんとした取扱店で見られる船舶情報はカタログだけでもかなりの値段と身分登録を求められるため、若者向けの夢あふれるカタログだ。


「いや、そんな最新鋭のものをポンっと買えるほど運び屋は儲からないさ。しかもその辺レース仕様ばかりだろ。俺のはもう少し旧型のシリーズを買い取って改造したような奴だよ」

「おお、自分なりのカスタマイズっすね。聞いたかジョシュ、フィルのあにさんは僕らの考えるより先を行く男だったぞ! ジョシュもどっちかと言えばそっちだよね?」


「うん! 僕の欲しいのは外宇宙探索用だから、アイン兄ちゃんの持ってきた本には載ってないよ!」

「いやー夢が広がるなぁ。何故か個人用カタログって出回らないし、実際に持っている人と話が出来るのはでかいっすよぉ」


 アインの持ってきた若者向け雑誌は完全否定されているのだが、当の本人は気にせずカタログを熱のこもった視線で眺めている。


「身分登録と、本当にその人物が必要とする職種かが問われてくるからな。そこをまず突破しないと詳細やシリーズの種類すら見せてくれないんだよ。自由利用なんてなったら一級の貢献をしていないと無理かもしれんが、なにジョシュ心配するな。しっかり勉強して研究分野で功績を上げれば十分可能性はあるさ」

「うん……! よくわからないけど、頑張るよ!!」


 意気込み、頬を紅潮させて何度も頷くジョシュはやる気満々のようだった。ギルバートにジョシュの成績は聞いていないが、勉強と聞いてめげないのだから悪くはないのだろう。


「でもなジョシュ、実際宇宙船が必要な職種に就いてしまえば購入には連邦の補助が出る。だから買うこと自体は難しくないし、運び屋だってやろうと思えば仕事の合間に未開拓の宙域を探索することだって出来るんだ。ま、あんまり褒められたことじゃないけどな。道は一本じゃないというのを忘れるな」

「うん!」

「アーゲンさん、そんな専門的なこと語っても……」


 若干引き気味だったミシェルはアーゲンの宇宙船の実態を知っていたのもあって苦笑いをしていた。

 アーゲンの宇宙船は旧型の廃棄寸前のものを引き取って弄ったものなので、実際のところかなり古臭い造りとなっている。


 内装はごちゃごちゃとしているし、パーツも少々痛んでいる。性能面では相当こだわった逸品ではあるのだが、見た目はあまり宜しくなかった。

 外装の窓も、そこだけ壁が壁として機能していなかったから急遽換装するはめになったのである。


「今はわからなくても、本気には本気で応えないとな。な、ジョシュ?」

「フィル兄ちゃんもっと聞かせて! 難しい話はまだよくわからないけど、楽しいもん」

「えー」

「ミシェルちゃんはまだまだっすね。個人所有している人は少ないんすよ。というか実際乗って来たんなら、どんなだったか話聞かせてくださいよ~」

「アインさんノリノリですね。アーゲンさん、良いんでしょうか?」


 こんなに夢見る彼らにあの実態を教えてしまっていいのだろうかという意味でミシェルはアーゲンをうかがっていた。

 その意図を察し渋い顔をしたアーゲンだったが、それでも二人の参考になれば、と宇宙船の現実というものを話すことに決めた。まずはトイレの話からだ。

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