第37話「悪だくみ」

 誓約キーの使用が終わったところで、遠慮がちに扉を叩く音がした。防音暗号化は外への音漏れは防ぐが逆はそこそこの性能だ。時間的にも店が終わったか、待ちきれなくなったユータスが乗り込んで来たのだろう。

 小型コンテナに詰め込んだ二人を運んできたのが00時過ぎだったが、何だかんだ起こして状況把握やら方針決めやら、誓約キーの取り決めやらの話し合いで既に02時近くなっている。


「おいフィル、そろそろいいか?」


 小さく聞こえる声はやはりユータスのものだった。アーゲンはニーナが頷くのを待ってから扉を開けてやる。入ってきたユータスはまだ飲んでいたのか少し赤い顔で、後ろにはギルバードもついてきていた。


「おお、終わったのか。ってなんで拘束解いてんだぁ!? 大丈夫なんだろうな。俺との契約はどうなる!?」

「あー、そういえばそんな話もあったな」

「おーい忘れてもらっちゃ困るぜ。こちとら危ない橋を渡ってまで協力する覚悟を決めてるんだぞ」


 危ない橋を渡る覚悟ねぇ。契約、そうか契約か。これは使えるかもしれない。アーゲンは一人考えを進め、確かな感触を掴んでいた。

 結論を出したアーゲンは、未だ不安そうなユータスの肩に腕をまわし、にこやかに笑いかける。


「そうだなユータス。俺と契約したんだもんな。間違いないよな?」

「な、なんだよ急に気持ち悪りぃな。そうだったか。まぁ、契約を忘れてないようで何よりだ」

「だそうだディーン隊員。つまり、ユータス・オデオンは俺と共犯ということになる」

「……それは身柄を確保しなければならない話だ」

「何? なんだって? おい、どういうことだフィル」

「心配するなユータス」


 ユータスを押さえ込み、何やら密談を開始したアーゲンを横目にニーナは腕を組んで考え込んでいた。これから憲兵隊や軍部、そしてグビア組織という3つのプロ集団から逃げ回らなければならないのだ。


 潜伏するにしても限度があるし、余計な荷物が増えた以上選定もしっかりしなければならない。こんな表立って狙われる立場になるとは思っていなかったので、いつまでもギルバートを頼るわけにもいかない。


 機密が関わっているのならグビアとしても本気だろうし、いっそ偽装死による証人保護プログラムか。ただ、それはフィルに身分を捨てさせることになるし、ミシェルの事がわかるまで連邦のシステムを使うのは避けたいところだ。


 ニーナがあれこれと考えていると、いつの間にかギルバートが近寄ってきていた。ユータスとアーゲンの行動にどこか苦笑気味だが、事態を重く見ているのかその目は鋭かった。


「こんな大所帯でごめんなさいねギルバート」

「あっはっは、こいつは珍しい。ニーナ姐さんらしくないなぁ。何も気にすることはないさ! それで、今回こそ一枚噛ませてくれるんだろう?」

「所帯持ちはあまり巻き込みたくないんだけど」

「生きてるうちにちょっとは恩返しさせてくれ」

「やめてくれる? その言い方。私は看取らないからね」


 お互いに冗談めかして笑いながらも、ギルバートは退かないと目で語っていた。事態が色々と思ったよりも大きくなっている。だからこそ巻き込みたくはないし、だからこそ頼りになってしまうというのが困り物だった。


「あー、ちょっと良いか全員。俺に少し考えがあるんだが」

「なによ改まって。犯罪者フィル・アーゲンは一体どんな策を思いついたのかしら?」

「茶化すなニーナ。まぁちょっと聞いてくれ。うまく行けばグビアを出し抜けるかもしれない」


 アーゲンは自信があるのか少し興奮気味に、ユータスが逃げないように片手で押さえながら思いついた作戦について語り始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る